「マ・ドンソクの鉄拳」だけじゃ解決できない?『悪魔祓い株式会社』が“意外に真面目”な理由を監督が語る
「東洋における善と悪は、本質的に共存するものだと考えています」
――監督ご自身がギーク、あるいはオタクだとおっしゃっている以上、この作品には相当な思いや信念が込められているのだろうと感じました。そこで改めて伺いたいのが、この作品における「悪」とは何なのか、という点です。最終的に悪を滅ぼすというよりも、解き放つ、あるいは封じ込める、という感覚が強く残りました。この捉え方は、韓国的な悪の概念を意識したものなのでしょうか。それとも、時代を超えて社会の中に共存する「悪」として描いた結果なのでしょうか。
この話は少し長くなるかもしれませんが、私は若い頃から善と悪について強い関心を持ち、研究を続けてきました。実際、この分野で博士号も取得しています。
まず、西洋キリスト教における善悪観では、悪魔という存在は太古の昔から人間よりも上位に存在しており、人の力で殲滅することはできません。できるのは、追放するか、封印することだけです。
撮影メイキング『悪魔祓い株式会社』©2025 LOTTE ENTERTAINMENT & BIG PUNCH PICTURES & NOVA FILM AllRights Reserved.
一方、韓国を含む東洋的な感覚における善と悪は、善から悪へ、悪から善へと変化し得る、人間の内側に存在するものとして捉えられてきました。かつては「恨みを解けば終わる」という描かれ方が多かったのですが、次第に悪そのものが人格化され、人間として描かれるようになっていきました。私は、東洋における善と悪は、本質的に共存するものだと考えています。
この映画で描いている悪魔は、西洋的な悪魔として設定しています。だからこそ、滅ぼすことはできず、追放するか封印するしかない存在として描きました。悪というものは、遠く離れた別世界にあるようでいて、同時に人間の内側にも存在しています。善と悪の間で揺れ動く葛藤を内包した存在として描いたのが、バウとシャロンというキャラクターです。
『悪魔祓い株式会社』©2025 LOTTE ENTERTAINMENT & BIG PUNCH PICTURES & NOVA FILM AllRights Reserved.
「幼い頃から日本のアニメに親しんできた自分にとって、鮮やかな色彩は自然なこと」
――西洋的な悪魔は滅ぼせない存在だとおっしゃいましたが、その思想は映像や美術設計にも強く表れているように感じました。舞台の多くが屋内、つまり「家」という空間で描かれていますよね。制御可能な空間だからこそ、相当なこだわりがあったのではないでしょうか。
今回の家は「最初から悪魔が住んでいた家」として設定したわけではありません。エクソシズム映画の歴史を振り返ると、悪魔を追い払う側は、ほとんどの場合が失敗します。それでも彼らは生き残る。では、失敗し続けてきた悪魔やその追随者は、どんな方法を取るのか。そこから考え始めました。
撮影メイキング『悪魔祓い株式会社』©2025 LOTTE ENTERTAINMENT & BIG PUNCH PICTURES & NOVA FILM AllRights Reserved.
西洋的な考え方では、家や空間そのものを一つの生命体として捉えることがあります。エンディングのアクションシーンに登場する東洋的な樹、巨大な針葉樹のイメージは、東洋的な自然観と西洋的な悪魔を結びつけるためのものです。あの家は、スイッチひとつで変わる魔法の空間ではなく、長い時間をかけて悪魔がウンソの魂に染み込んでいくために作られた場所なのです。
『悪魔祓い株式会社』©2025 LOTTE ENTERTAINMENT & BIG PUNCH PICTURES & NOVA FILM AllRights Reserved.
色彩についてですが、私は独立映画の頃から、ホラーであっても画面の美しさを大切にしてきました。東洋文化への関心も強く、特にシャーマンのまとう鮮やかな色彩には強く惹かれています。幼い頃から日本のアニメに親しんできたこともあり、この色使いは自分にとって自然で、正しい表現だと感じています。
暗く重たい色調で恐怖を演出することもできますが、私は強い色彩や照明によって「楽しめる恐怖」を提示したかった。メッセージ性と同じくらい、エンターテインメント性も大切にしています。
撮影メイキング『悪魔祓い株式会社』©2025 LOTTE ENTERTAINMENT & BIG PUNCH PICTURES & NOVA FILM AllRights Reserved.
「マ・ドンソクさんとは何度も話し合い、衝突もしました」
――最初にこの映画の企画を聞いたとき、正直「マ・ドンソクが拳で悪魔を倒す映画」だと思っていました。しかし作品を観て、さらに監督の話を聞くうちに、これは単なるパワーアクションではなく、エクソシズムそのものをテーマにしたホラー映画なのだと理解しました。そこで最後に伺いたいのが、マ・ドンソクさんとのやり取りについてです。
本当に何度も話し合いました。かなりの回数、衝突もしました。本作で描いている「悪」は、悪魔であれ、悪魔に憑依された人間であれ、どこかに人間性を基盤として持った存在です。もし悪魔を完全に神格化してしまうと、マ・ドンソクさん自身も神のような存在にならざるを得なくなり、世界観が崩れてしまうと感じました。
これまでのマ・ドンソク作品と同じものを期待する観客がいることも理解しています。ただ、そのイメージがあるからこそ、この作品ならではの魅力が生まれると信じていました。俳優でありプロデューサーでもある彼と、オカルトやシャーマニズム、そして「悪」をどう衝突させずに融合させるか。その点について、長い時間をかけて議論して作り上げたのが本作なのです。
撮影メイキング 『悪魔祓い株式会社』©2025 LOTTE ENTERTAINMENT & BIG PUNCH PICTURES & NOVA FILM AllRights Reserved.
『悪魔祓い株式会社』は、マ・ドンソク映画の文脈に寄りかかりながら、その期待を静かに裏切ってくる作品だ。拳は振るわれるが、万能ではない。悪は祓われるが、消えはしない。ヒーローはいるが、神にはならない。「マブリーが悪魔を殴る映画」を期待すると、肩透かしを食うかもしれない。
だが、“殴って終われない悪”をどう扱うかという問いに正面から向き合ったエクソシズム映画として捉え直したとき、本作は極めて誠実で、思索的な一本として立ち上がってくる。爽快さの裏に残る、奇妙な居心地の悪さ――その違和感こそが、『悪魔祓い株式会社』の正体なのだ。
『悪魔祓い株式会社』©2025 LOTTE ENTERTAINMENT & BIG PUNCH PICTURES & NOVA FILM AllRights Reserved.
取材・文:氏家譲寿(ナマニク)
『悪魔祓い株式会社』は12月12日(金)より全国公開
『悪魔祓い株式会社』
悪魔崇拝カルト集団の台頭により街は混乱に陥っていた。
そんな中、悪魔祓いを生業とする「悪魔祓い株式会社」に、ある依頼が舞い込む。
それは、異常行動を繰り返す妹のウンソを助けてほしいという
医師ジョンウォンからの切なる依頼だった。
やがて彼らは、少女を支配する強大な存在と対峙することになり――。
監督:イム・デヒ
出演:マ・ドンソク、ソヒョン、イ・デヴィッド、キョン・スジン、チョン・ジソ
| 制作年: | 2025 |
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2025年12月12日(金)より全国公開