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俳優引退 ロバート・レッドフォードの“人を虜にする微笑み”『リバー・ランズ・スルー・イット』『さらば愛しきアウトロー』

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ライター:#髙橋直樹
俳優引退 ロバート・レッドフォードの“人を虜にする微笑み”『リバー・ランズ・スルー・イット』『さらば愛しきアウトロー』
『さらば愛しきアウトロー』Photo by Eric Zachanowich. © 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation All Rights Reserved

釣り人が目指す渓流には「静寂の空間」がある

僕には渓流釣りの師匠がいた。彼はロバート・レッドフォードが主宰するサンダンス映画祭の仕事を手伝っていた人だ。初めての釣りに出かける前、釣具屋さんに同行してもらい、釣竿に糸、錘などの仕掛けを調達した。竿は五千円ぐらいの手頃なものにして、「最初は投げられりゃいいんです」と師匠は笑った。

手に入れたばかりの竿を持って、中野サンプラザで持ち方を習った。『スピード2』(1997年)の公開を記念して、『スピード』(1994年)と二本立て試写会をやった時のこと。約6メートルの竿を持て余していると、肘に重ねるように竿を持てば腕が疲れないと、長時間の釣行に挑むコツを伝授された。

キラキラと輝く水面を見つめながら、心を澄ませる。水流を見つめていると、川の流れが止まったかのような場所がある。そこだけが、まるで時が止まったような静けさで、澄み切った水をたたえている。川の流れが岩や畦によって遮られた「静寂の空間」は、川に生息する魚たちにとって、しばしの休息の場であり、水面すれすれを飛ぶ虫たちを捉える絶好の食卓にもなる。川の流れる音に包まれた釣り人は、下流から上流へと歩を進める。活性の高い魚は、背と呼ばれる場所を遡上しながら休息も忘れない。敏感な魚たちを刺激せぬように川に入り、彼らがいるはずの「静寂の空間」に向かって迷わずにキャスティングする。彼らが居る場所、そのポイントに仕掛けを投げ入れるのだ。一瞬の間があり、魚が食らいついた感触が電流のように腕に伝わる。「魚信」と書いて、「当たり」と読む。師匠が教えてくれた釣りの極意だ。

レッドフォードの分身となった、ブラッド・ピットが演じた自由奔放な男

釣りをするようになって改めて鑑賞した『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年)で、「静寂の空間」が見事に捉えられていることに驚いた。フランス出身のフィリップ・ルースロは、この映画でアカデミー撮影賞を受賞している。

編集部私物

ロバート・レッドフォード監督第2作となるこの作品は、川の流れに人生を重ねたヒューマンドラマだ。アメリカ大陸発見から400年、1910年代のモンタナ州で暮らすスコットランド出身のマクリーン神父(トム・スケリット)には、2人の息子がいた。常に優等生であろうとする兄のノーマン(クレイグ・シェイファー)は真面目な堅物、弟のポール(ブラッド・ピット)は自由奔放で屈託のない男だ。厳格な父から、長老派の教えとフライフィッシングを教えられて育った兄弟を、穏やかなまなざしで母(ブレンダ・ブレシン)が見つめている。

編集部私物

キラキラと輝いていた思春期から青年期、毎日のように釣りに出かけた日々を兄ノーマンが回想する形式で、弟ポールとのエピソードが語られていく。回想するノーマンの声を担当したレッドフォードは当時56歳、もしも30歳若ければポールを演じていたに違いない。

人生に刻まれた、忘れ得ぬ家族の釣行

大学への進学で家を離れたノーマンと、地元で新聞記者になったポール。帰省したノーマンは、独立記念日のパーティでジェシー(エミリー・ロイド)に一目惚れする。奥手な男が勇気を振り絞って食事に誘う。訪れた店には、偶然ポールがいた。彼の隣には、ネイティヴアメリカンの女性メイベル(ニコール・バーデッド)がいた。自由奔放なポールは、しきたりやルールに縛られることが大嫌いな男だ。メイベルに対するあからさまな差別を気にも留めないポールだが、その周辺には一触即発の緊張感が漂っていた。やがて、メイベルが侮辱されたことで暴力沙汰を起こす。身元引受人となったノーマンは、ポールが何度も警察の世話になっており、最近は賭博でもトラブルを起こしていることを聞かされる。

やがて大都会シカゴの大学で教授職を得たノーマンは婚約し、大学に戻る前日、親子3人で釣りに出掛ける。父も、兄も、それぞれに鱒を釣りあげる。だが、家族一番の釣りの達人ポールには「魚信」は訪れない。早々に川を出た父と兄に見守られながら、ポールは黙々とキャスティングを続ける。その時、ポールの視点の先に「静寂の空間」が現れる。川の深みへと歩を進めたポールは、迷うことなく竿を振る。

一瞬の魚との対峙を繰り返しながら、釣り人は下流から上流へと歩を進めていく。日々の雑念はどこかにかき消えて、ただ、水面とその下にいる魚へと意識を集中させる。木々に囲まれ、水の流れが全身を包み込む釣りは、自分を透明にしてくれる。「静寂の空間」に出会ったときに訪れるトキメキ。そして、魚の確かな手応えを感じた瞬間の喜びが全身を包み込む。その先に、どんな定めが待っていたとしても……。

ロバート・レッドフォードには、微笑みの流儀がある

編集部私物

ロバート・レッドフォードの俳優引退作となる『さらば愛しきアウトロー』の主人公フォレスト・タッカーの姿は、自分の流儀を貫いたポール・マクリーンの生き様に重なる。アメリカを愛し、故郷を愛し、微笑みひとつで出会った人を陽気にさせてしまうチャーミングな男だ。レッドフォードが『明日に向って撃て!』(1969年)、『スティング』(1973年)で見せた、人を虜にする微笑みの流儀が、『リバー・ランズ・スルー・イット』を経て、『さらば愛しきアウトロー』へと受け継がれていることが嬉しい。

『さらば愛しきアウトロー』Photo by Eric Zachanowich. © 2018 Twentieth Century Fox Film Corporation All Rights Reserved

僕が釣りを始めて、すでに20年が経つ。いつも豪快に笑い、夜中に車をブッ飛ばして川に急いだ師匠はもういないけれど、僕は今も「静寂の空間」を探しに川へと向かう。ある一瞬にだけ訪れる“透明な時間”と出会うために。

文:高橋直樹

『さらば愛しきアウトロー』は2019年7月12日(金)より全国公開

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