「黒澤明をリメイクするのは不可能」スパイク・リー&デンゼル・ワシントンが語る『天国と地獄 Highest 2 Lowest』
Apple Original Films『天国と地獄 Highest 2 Lowest』画像・映像提供 Apple
スパイク「脚本を読む前から“絶対やる!”と言った」
――おふたりは過去に4回も仕事をされていますが、今回は19年ぶりです。お互い、どのように変わったと思われましたか。
デンゼル:どうかな、僕はそういう分析はしないんだ。とくにそこに注目したことはない。もちろん、僕らはふたりとも歳をとった(笑)。膝も痛くなったり、いろいろあるよ。
スパイク:僕もジャーナリストからそう指摘されるまで、まったく考えたことがなかったんだ。19年ぶりなんて信じられないよ。というのも僕らはお互い仕事以外でも、ふだんから会っているから。
デンゼル:子供たちも一緒に仕事をしている。
スパイク:そうそう。だから家族ぐるみの付き合いで。時計やカレンダーを見て、ああ19年ぶりか、なんて考えたりしなかった。
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デンゼル:65歳を過ぎたあたりから、あとどれぐらい仕事ができるかと考えるようになった。この先誰と仕事がしたいか。そんなときこの脚本が送られてきて、この物語を語れるのは誰だろうと考えた。スパイクの前に僕のところに脚本が送られてきたんだ。結果は明白だった。それでスパイクに電話して「脚本を送るよ」と言った。
スパイク:彼から、舞台はニューヨークだと聞いた。しかもオリジナルはクロサワだと。それで僕は興奮して、脚本を読む前から「絶対やる!」と言ったんだ。
デンゼル:長年この仕事をしてきて、彼のように自分のやっていることにエキサイトできることは素晴らしいと思う。僕自身はもう、そこまでエキサイトすることは稀だ。でもスパイクが僕の心に再び火をつける手助けをしてくれた。彼のおかげだよ。それに、この物語。子供の生死に関わるモラルの問題を突きつけられ、とても困難な状況に置かれる役柄だから、演じ甲斐があった。
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スパイク:僕らはダイナミックなデュオなのさ。バットマンとロビン(笑)。否、きみにロビンは必要ないな。
デンゼル:実は、ふだんは僕がスパイクの世話係なんだ。ちゃんと家に帰れるように送ってあげたり(笑)。
スパイク:(笑)。真面目に言って、19年前に撮った『インサイド・マン』は成功して、いい思い出がもたらされた。でも僕にとっては、ただデンゼルと一緒にいられること、お互い信頼し合えること、そして信頼できるチームと一緒に仕事ができることがなによりの喜びだ。映画の授業ではよく生徒たちから、「次はいつデンゼルと仕事をするんですか?」と訊かれるよ(笑)。
デンゼル:僕が初めてスパイクと仕事をした頃、彼はよく映画とドキュメンタリーを並行して作っていることがあって、それは新鮮だった。僕は役のことだけを考えているけれど、彼はすべてを見ている。うまく伝わるかわからないけれど、異文化の解釈と想像力のミックスというものを僕に教えてくれたんだ。
デンゼル「グレートなクロサワをリメイクするのは不可能だろう?」
――スパイクさんがアジア映画にインスパイアされたのは今回が初めてではないですね。アジア映画の何に惹かれるのでしょうか。他にも敬愛する監督はいますか。
スパイク:クロサワはもちろん日本人だけど、僕は「ああ、彼は日本人か」とか「誰某はアジア人か」と考えたりはしない。僕がインスパイアされるのは、クロサワが素晴らしい監督だから。僕が大学院を卒業して初めて作った商業映画『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』(1986年)は、『羅生門』(1950年)にインスパイアされている。だが僕にとって偉大な映画人に国籍は関係ない。偉大なものは偉大というだけなんだ。
――なるほど。デンゼルさんは9年前にも黒澤明の『七人の侍』(1954年)を下敷きにした『荒野の七人』(1960年)をリメイクした、『マグニフィセント・セブン』(2017年)に出演されていました。あなたにとって黒澤映画の魅力とはなんですか。
デンゼル:う~ん、たしかにあの映画もやったけれど、あくまで俳優として自分の役に集中しているので、監督としての視点で見ていたわけじゃない。逆に影響を受けたくなかったので、『七人の侍』も、今回の『天国と地獄』も、じつは観ていないんだ。クロサワの作品は何本か観ているけれど、映画の準備のために勉強したわけじゃない。とくに今回の場合は、設定もまったく異なるし。
――わかりました。その設定に関してですが、クロサワ版と比べると、主人公の息子は高校生とずいぶん大きいですよね。それによって父と息子の絆がより強調されたと思いますか。
デンゼル:それは鋭い指摘だね。たしかにその通りだと思う。息子は父親がやっていることを見て、理解している。さらに息子を通して我々は、いまの若者の視点で世界を見ることができる。だから年齢を上げたのはとても賢明なアイディアだったと思う。
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スパイク:続けて言わせてもらうなら、君の言ったように息子が大人びていることで、父と息子の絆が強調されていると思う。息子は父の背中を見て、大人になろうとしている若者なんだ。さらに締めくくりとして付け加えるなら、これはクロサワ版の再解釈であってリメイクではない。つまり、再解釈をするということは変更を加えること。同じではないんだ。
デンゼル:だって、グレートなクロサワをリメイクするのは不可能だろう?
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スパイク:それに文化もまったく異なる。1963年の日本と現代のニューヨーク。……ちょっと気になるんだけど、日本では僕らの映画はどう受け止められるかな。評価してもらえると思う? それとも台無しにしたと思われるかな? もしそうなら、もう日本に入国させてもらえないだろうか(笑)?。
――そんなことはないです(笑)。とてもエキサイティングな素晴らしい作品でした。これはあなた方もおっしゃったように、設定がまったく異なって、何より素晴らしいのは音楽のバイブとエネルギーに満ちていて、まさにスパイク・リーの映画だ! と思わされることだと思います。
スパイク:ありがとう。それで安心したよ(笑)。
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取材・文:佐藤久理子
『天国と地獄 Highest 2 Lowest』はApple TV+で9月5日(金)より配信