祝!『リンダ リンダ リンダ 4K』劇場公開
青春音楽映画の金字塔『リンダ リンダ リンダ』が、4Kになってスクリーンに戻ってくる。いまや日本を代表する名監督となった山下敦弘が2005年に手がけたこの作品は公開時から幅広い世代に絶賛され、いまでは海を超えてアジア圏だけでなく世界中の映画ファンの心を掴んで離さない、控えめに言っても日本映画史に残る不朽の名作だ。
『リンダ リンダ リンダ 4K』©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
公開から20年、いつ観ても新たな発見のある『リンダ リンダ リンダ』の4K上映に先立ち、山下監督に話を聞いた。キャストから演出、撮影、美術にいたる細部まで、どれが失われても現在の『リンダ リンダ リンダ』にはならなかったであろう、奇跡的なバランス感覚。山下監督が明かす制作エピソードの端々からは、本作が永く広く愛される理由が垣間見えてくる。
『リンダ リンダ リンダ 4K』撮影メイキング ©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
このインタビューでは、監督自身も全てを把握していなかった背景美術などについても伺った。海外の一部音楽ファンが思わずスクリーンを凝視したであろう小道具の数々には、2010年代以降の世界の音楽シーンへとつながっていく“偶然”が宿っていて、こじつけでは片付けられない奇跡を感じさせる。
『リンダ リンダ リンダ 4K』©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
「当初は“バンドバトル”の映画だった」
1999年のデビュー作『どんてん生活』から『ばかのハコ船』(2002年)、そして『リアリズムの宿』(2003年)までの“ダメ男”的作品から、いきなり“女子高生のバンド物語”に飛躍した経緯については、これまで散々メディアで語っているとは思いつつ、やはり気になるところだろう。
『リアリズムの宿』を観てくれた根岸洋之プロデューサーが『リンダ リンダ リンダ』の企画を振ってくれたというか、「一緒にやりましょう」と誘ってくれたんです。でも、当時としては「なんで俺が?」という思いが強くて。それまでダメ男の映画ばかり作っていたのに、女子高生のバンドものっていう。そういうものとはまったく逆のところにいると思っていたので、最初は戸惑ったというのが正直なところです。
ただ、当時の自分はまだ映画を作りはじめたばかりで、しかも大阪に住んでフリーターをしていたんです。なので単純に、映画の企画を振っていただいて断る理由がなかったんですよね、バイト生活で他にやることもなかったですし。なので『リンダ リンダ リンダ』の企画を引き受けつつ、自分でもできるようなバンドものというか、自分が撮れる映画として進めていこうという方向で(オファーを)受けました。
『リンダ リンダ リンダ 4K』©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
本作の大きな魅力は、なんといってもバンド活動の描写の瑞々しさにある。監督は当時、自身の“バンド観”をいかに登場人物たちの演技、あるいは演出に落とし込ませたのだろうか?
じつは『リンダ リンダ リンダ』の企画って、当初は“バンドバトル”だったんです。ザ・ブルーハーツのコピーバンドでコンテストに出て勝ち抜いていく、みたいなストーリー。それが自分は納得がいかなくて、バンドで“勝ち負け”っていうのがしっくりこなかった。しかもコピーバンドでコンテストを勝ち抜いていくっていうのも、なんかなぁって……。
自分の中では明確に、音楽で“勝ち負け”は嫌だなっていうのはありました。だから、あまり意味を持たせないというか、たとえばコンテストで優勝したいからとか、有名になりたいとか、もちろん意味はあっていいし、そういう動機というか衝動も純粋ではあるんですけど。
でも僕の中では、ブルーハーツを演るんだったらそういものがない方がいいなと思ったので、ただただ「文化祭のステージに立ちたい」っていう、いちばんシンプルなものにしようと。それがバンドとして、というかコピーバンドとして一番純粋なんじゃないかなって、そういう思いでやってました。
『リンダ リンダ リンダ 4K』撮影メイキング ©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
「失敗しているところもあるけれど、そこも含めていいんじゃないかなって」
観る時代によって異なる魅力を発見できるのが、『リンダ リンダ リンダ』が幅広く愛される理由の一つでもあるだろう。もちろんノスタルジーを呼び起こされる側面もありつつ、世代を超えて“自分もここにいたかもしれない”と思わせる感覚。それは結果的なものなのか、あるいは当時から明確な狙いがあったのだろうか。
ぜんぜん意識はしていなかったですけど、そもそも自分にそういうバンド経験がなく、高校生活もどちらかと言うとジメジメしたほうだったので、つまり高校時代の自分たちをトレースしたような映画というわけではなくて。
ある種、こういう(青春の)瞬間とか、学校生活っていうものをイメージしながら映画を作っていく中で、「こういうことをしたい」とか「こういうふうに見せたい」みたいにプラスアルファしていく演出よりも、「こういうことはやらなかったよな」「こういうことをすると、ちょっとやりすぎじゃないか」っていう。どちらかと言えば引き算というか、『リンダ リンダ リンダ』はそういう感じで作っていった映画でもあるなとは思います。
『リンダ リンダ リンダ 4K』©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
それこそ最後の体育館での演奏シーンも、当初のアイデアでは、間に合わなくて演奏できなかったいうラストも考えていたくらいなんです。それくらい自分たちの中では青春というか、学校生活とか学園もの映画に対する「これは恥ずかしいからやめておこう」と感じるものをどんどん削っていった結果、今の『リンダ リンダ リンダ』という形になったところもあって。
その作り方というか感覚が、意外と20年経っても古くならないというか、残るというか。いまの人たちなりに伝わる感じというのは、プラスで描こうというよりもマイナス、引き算で作った結果、普遍的なものだけが残ったのかなと思います。『リンダ リンダ リンダ』という映画は、そういった意味で独特の温度が残っている映画なんじゃないかなと、自己分析なんですけど、そんなふうに思っています。
『リンダ リンダ リンダ 4K』©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
そんな“引き算”の青春映画でもある本作について、かつて山下監督は「自分にとって奇跡の一本」と語っている。公開から20年が経ち経験を積んだ今、気になる部分や撮り直したいシーンなどはないのだろうか?
僕は撮影当時28歳で、いま48歳。作った当初は「こうしたほうが良かったな」とか色々あったんですけど、今はもうないですね。「これはもう、こういうことだよね」って感じです。細かい修正が効果的になる映画でもないかなと。自分の中では失敗しているところもあると思うんですけど、そこも含めていいんじゃないかなって思ってます。
『リンダ リンダ リンダ 4K』撮影メイキング ©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
「この映画がアメリカの女の子たちにまで届いて動かしたっていうことが、すごく嬉しかった」
ペ・ドゥナ、前田亜季、香椎由宇、関根史織が劇中で結成するブールーハーツのコピーバンド、パーランマウム(※韓国語で“青い心”の意)。彼女たちが練習する軽音部の練習室の壁や柱には、様々なアーティストのポスターやチラシ、切り抜きがベタベタと貼られている。その多くが日本~欧米の人気バンドのものだが、なかにはロック好きの間でもあまり知られていないインディーバンド(※米ワシントンのビート・ハプニングなど)がしれっと紛れ込んでいたりする。
部室に関しては、音楽好きの美術スタッフさんがやってくれました。僕も半分くらいは知っていましたけど、まったく知らないものもいっぱいあったし、権利は大丈夫なのかな? とか(笑)、でも聞いたら野暮かなとか思いながら、馬鹿のふりをして無邪気に映してましたね。
『リンダ リンダ リンダ 4K』撮影メイキング ©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
たとえば海外のファンフォーラムなどを見ると、本作のそういった美術背景に90~00年の、いわゆるインディーギターロックシーンとの親和性を見出すような声もある。山下監督も全ては把握していなかったようだが、演奏が上手い/下手という価値観にとらわれないインディーロックのアティチュードは、『リンダ リンダ リンダ』を観たことがバンド結成のきっかけだという若きパンクバンド、<The Linda Lindas>の存在にもつながっていく。
自分でもわかっていなかったバンドのポスターとかが、もしかしたら独り歩きしてるのかなって……いま知りましたけどね(笑)。たぶん2021年くらいに、この映画を観た女の子たちがThe Linda Lindasっていうバンドを組んだっていう情報を聞いて、そのときはコロナ禍で塞ぎ込んでいる時期だったので、純粋にすごく嬉しくて。音楽性がどうというよりも、とにかく僕らが作った映画が世代の違うアメリカの女の子たちにまで届いて動かしたっていうことが、すごく嬉しかったですね。
『リンダ リンダ リンダ』も結果的にはバンドもので音楽映画なんですけど、どちらかと言うと僕の中ではそこじゃなくて、“大人たちが「意味がない」って言うようなこと”に対してがむしゃらに意地でもやり遂げるような、そういうことが青春なんじゃないかっていう想いで作った映画なんです。
なので音楽的な思想とかはまったくなかったし、「この映画の音楽を聴いてくれ!」っていう感じも、自分の中ではそんなになくて。もちろんライブの演奏シーンを聴いてほしいという気持ちはあるんですけど、ブルーハーツのメッセージとかを聴いてほしいという思いもなかった。だからそういう“つながっていく”という意味合いみたいなものは、まったく意識していなかったですね。
The Linda Lindasの登場は制作陣にとって嬉しい誤算、驚きだった。しかし、無意識ではあるがパ-ランマウムの“トゥイー・パンク”な存在感は結成当時のThe Linda Lindasそのものであり、いまや米ロック界におけるフェミニストの旗手となった彼女たちは、劇中で中島田花子(通称タカっちゃん)を演じた山崎優子の存在とも不思議にリンクする。
『リンダ リンダ リンダ 4K』撮影メイキング ©「リンダ リンダ リンダ」パートナーズ
『リンダ リンダ リンダ 4K』
文化祭前日に突如バンドを組んだ女子高生たち。コピーするのはブルーハーツ。ボーカルは韓国からの留学生!?
本番まであと3日。4人の寄り道だらけの猛練習が始まった!
出演:ペ・ドゥナ 前田亜季 香椎由宇 関根史織(Base Ball Bear)
三村恭代 湯川潮音 山崎優子(新月灯花/RABIRABI)
甲本雅裕 松山ケンイチ 小林且弥
監督:山下敦弘
脚本:向井康介 宮下和雅子 山下敦弘
主題歌:「終わらない歌」(ザ・ブルーハーツ)
音楽:James Iha
| 制作年: | 2025 |
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2025年8月22日(金)より新宿ピカデリー、渋谷シネクイントほか全国ロードショー