日本犯罪史上最悪の猟奇事件の犯人、その38年後の姿
まず本作の副題を聞いてもピンとこない世代の皆さんに、ざっくりと説明しておく必要があるだろう。1981年(昭和56年)6月、フランス留学中だった日本人大学生・佐川一政(当時32歳)がオランダ人女性留学生(当時25歳)を殺害し、その遺体の一部を食べた……というのが「パリ人肉事件」の概要だ。今から38年前に、かくも衝撃的な猟奇事件を起した日本人がいたのである。
当時この事件が世界中を騒がせたことは想像に難くないが、逮捕された佐川は精神鑑定によって心身喪失状態と判断され不起訴処分に。帰国後もフランスでの診断をもとに刑事責任を問われることなく、執筆活動やテレビ番組への出演など、90年代後半まで頻繁にメディアに登場した。
そのどれもが“見世物”的なコンテンツで、食人趣味のある“異常者”の存在は世間一般に刷り込まれていったが、その異常性ゆえにいつしかその姿を見かけることもなくなっていった。そうして多くの日本人が事件のことを忘れはじめた今、ドキュメンタリー映画として再び我々の目の前に佐川一政が現れたのだ。
過剰なクローズアップは歩み寄りか、あるいは拒絶か
咀嚼音が響く食事風景から始まるのは意図的なものだろうか。いわゆる良識人であれば等しく嫌悪するであろう事件/人物像を題材に選んだのは、ドキュメンタリー映画『リヴァイアサン』(2012年)のルーシァン・キャステーヌ=テイラーとヴェレナ・パラヴェル。ある巨大漁船に小型カメラを無数に配置し、様々な角度から船と海を映し出した『リヴァイアサン』はそのタイトル通り、いつしか魚や海鳥たちが“怪物”のように見えてくる不思議な迫力に満ちた映像作品だった。
しかし『カニバ』のカメラは、『リヴァイアサン』のパキッとシャープの効いた濃淡の強い映像とは打って変わって、ぼんやりとした過剰なクローズアップがほとんど。日常の中にある撮影対象をあらゆる角度から映し出すことによって異なる姿を浮かび上がらせた、あの手法とは真逆のカメラワークで“食人鬼”をゆらゆらと撮影し続けるのだ。
監督たちは、あえてこの撮影手法を選んだのか、それとも全体像を映し出すことを避けたかったのか。実際のところは知る由もないが、引きで見たいかと言われれば全く見たくない。それにしても、本作でもっともキツいパートは食人に関する部分ではなく、2013年に脳梗塞で倒れた兄・一政を介護する弟・純が抱える性癖の吐露だったりして、あまりにも歪んだ“血は水よりも濃い”を見せつけられるというか……とにかくしんどいドキュメンタリー作品である。
『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』は2019年7月12日(金)より公開
『カニバ/パリ人肉事件38年目の真実』
1981年に仏パリで前代未聞の猟奇殺人事件を起した佐川一政、その38年後を映し出すドキュメンタリー作品。人間、佐川一政とその弟。いま、何を語るのか?
第74回 ヴェネチア映画祭 オリゾンティ部門審査員特別賞受賞。
制作年: | 2017 |
---|---|
監督: | |
出演: |