薬物密売「黙認」の村に惨殺死体!? 底なしズブ沼サスペンス『おんどりの鳴く前に』若き監督が語る
「主演俳優には現場に入る前に“瞳の輝き”を消してもらった」
―非常に複雑な背景があると認識しました。その複雑さ故、イリエも村長も明確に善と悪に分けられない感覚があり、とても面白く感じました。物語の構築には、かなり苦労されたのでは?
様々な観点がある脚本は僕も気に入っているよ。特にイリエのキャラクター性は面白いと思っている。彼は完全な善人でも悪人でもない。最後には正しいことをするんだけれど、それはヒーロー的な気質からではなく、全てを失った自棄っぱちな気持ちからの行動だし、自殺行為とも言える。だって、“正しいこと”をした後に、何が待っているか? なんて全く考えていないんだ。当然、イリエ自身も何の期待もしていなかったと思う。
『おんどりの鳴く前に』© 2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production
―イリエを演じたユリアン・ポステルニクさんの演技が素晴らしかったですね。
コロナ禍だったこともあって、キャスティングには1年半かかったよ。そんな中、ユリアンに出会えたのは幸運だった。知っての通り、イリエは“良い奴”ではないから観客に好かれるのは難しい。でも、演じたユリアンには不思議な重力があって、観客を引き込むことができるんだ。
ルーマニアの多くの映画は、感情表現を抑えたミニマルな作品が多い。でも『おんどりの鳴く前に』は、各々のキャラクターの表情が豊かな作品にしたかった。その点、ユリアンの表情豊かな演技が役立ったよ。ただ彼は非常にインテリジェントな人間なので、瞳にそれが現れてしまってね(笑)。現場に入る前に、瞳の輝きを消してもらったよ。
『おんどりの鳴く前に』© 2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production
―ユリアンが猫背なのも良かったのですが、あれはディレクションしたのでしょうか?
いや、していないよ。ユリアンには「あまり幸せじゃない惨めな男だ」とは伝えたんだけど……彼が言うには「撮影中、ずっと下を向いて考えごとをしている監督の姿が惨めに見えたから真似した」とのことだよ(笑)。
撮影メイキングカット 『おんどりの鳴く前に』© 2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production
―物語もそうですが、映画の色彩も田園風景から鮮烈な血の色まで表情豊かです。ミニマルから離れて、これまでのルーマニア映画と違った作品を撮りたいという気持ちが伝わってきました。ルーマニアにおける映画制作でユニークな点はありますか?
ルーマニアの映画製作においてユニークだと思うのは、助成制度かな。多くの他のヨーロッパ諸国では助成金の決定プロセスが公開され、脚本家の名前が明らかにされるとともに、映画祭での評価が重要な役割を果たす。一方、ルーマニアでは脚本家の名前は匿名で審査されるんだ。
ただ、この制度ではポイント制の評価方法が採用されていて、映画祭で高い評価を受けた経験豊富な監督が、より多くのポイントを獲得できる。その結果、若手の映画監督が助成金を獲得するのが非常に難しくなるんだ。この部分については、若手に公平な機会を与えるためにも変化が必要だと思っているよ。
『おんどりの鳴く前に』© 2022 Papillon Film / Tangaj Production / Screening Emotions / Avanpost Production
取材・文:氏家譲寿(ナマニク)
『おんどりの鳴く前に』は2025年1月24日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、京都シネマほか全国順次公開
『おんどりの鳴く前に』
ルーマニア・モルドヴァ地方の静かな村の中年警察官イリエ。
野心を失い鬱屈とした日々を送っている彼の願いは、果樹園を営みながら、ひっそりと第2の人生を送ること。
しかし平和なはずの村で惨殺死体が見つかったことをきっかけに、イリエは美しい村の闇を次々と目の当たりにすることになる。
正義感を手放した警察官がたどり着く、衝撃の結末とは――。
制作年: | 2022 |
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2025年1月24日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、京都シネマほか全国順次公開