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老いらくの愛と死を描いた夫婦劇『VORTEX ヴォルテックス』ギャスパー・ノエ監督が明かす超パーソナルな製作背景

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老いらくの愛と死を描いた夫婦劇『VORTEX ヴォルテックス』ギャスパー・ノエ監督が明かす超パーソナルな製作背景
『VORTEX ヴォルテックス』© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE - KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA
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「孤独な夫婦の映画にはスプリットスクリーンが映えると思った」

―スプリットスクリーンについてはいかがでしょうか?

これまでもスプリットスクリーンは使ってきた。最近は様々な映画で見ることができるよね。それにZoomでのミーティングも、いわばスプリットスクリーンだ。今回は孤独な夫婦の映画だから、スプリットスクリーンにした方がより映えると思って最初から採用した。ただ冒頭、スクリーンがゆっくり上から2つに分かれていくところは、編集していて思いついたものだよ。

それからカット割りの時の暗転が少し長いのは昔からやっている手法で、5~6フレーム……時間にして0.5秒くらいかな? その方が自然な感じがして、ずっと採用しているものだよ。

『VORTEX ヴォルテックス』© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE – KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

―異様に生活感のあるアパルトマンでしたが、あれはセットでしょうか?

セットだよ。だけどアパルトマンは実際にある場所だ。キャスティングを決める前から「ここを使おう」と決めていて、3週間かけて優秀なデザイナーに生活感のある状況を作ってもらった。

『VORTEX ヴォルテックス』に登場する老夫婦は、映画評論家と精神分析医というインテリジェントな職業だよね? 彼らの職業のステータスに合わせて、部屋のあちこちに資料が積み上がっている雑然とした部屋に仕上げたんだ。クランクインのとき、みんなが「ここ、誰かが住んでいたんじゃないの?」と言っていたな(笑)。あまりにもリアルに作ってしまったから、最後にセットをバラすときは部屋が死んでいくような感覚に陥ったよ。まるでダリオやフランソワーズのようにね。

『VORTEX ヴォルテックス』© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE – KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

「認知症の祖母や母の介護は想像を絶する辛さだった」

―監督にとって“老い”とはなんでしょうか?

先ほど少し触れたけど、私の母は認知症だったし、祖母もそうだった。彼女たちの介護は想像を絶する辛さだったんだ。父が頑張って面倒を見ていたけれど、手に負えなくて。まるで『CLIMAX クライマックス』(2018年)で描いたような騒乱状態になることもあった。

“死”というものは人間の遺伝子に組み込まれているものだよね。その形には色々あると思う。私の母は、最後は私の腕の中で逝ったけれど、それで感じたことは、苦しみからの解放だったと考えている。

作中、ダリオもフランソワーズも最後の吐息がある。それは私が実際に母を看取った時の経験を、そのまま描いたんだ。

『VORTEX ヴォルテックス』© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE – KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

―はたして本作の夫婦は幸せだったのでしょうか?

うーん……歳とともに人は、老いや病で壊れていくんだ。それは抗いようがないものさ。少なくとも彼らが病に取り憑かれる前の50年間は幸せだったんだと思うよ。

夫が浮気をしているエピソードなんだけれど、実は元々シナリオにはなかったんだよ。ダリオが出したアイディアで、なるほどその方がドラマチックだよなと思って取り入れた。私の父が介護で苦しんでいる姿を見て、何かに逃げるのも人の性なんじゃないかなって。

『VORTEX ヴォルテックス』© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE – KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

―本作のダリオを見ていると、どうしても彼の元妻ダリア・ニコロディを思い出してしまうのですが。

ニコロディは、この撮影より少し前に他界したんだよね。君が思い出したのは、もしかしたらダリオから彼女の魂を感じたのかもしれないよ(笑)。

ギャスパー・ノエ監督 ©Philippe Quaisse-Unifrance_L1001455

幸せも苦しみも渦(VORTEX)となって天に帰っていく

ギャスパー・ノエは彼の辛く苦しい実生活の中、泣いて苦しんだ結果、それを吐き出すように『VORTEX ヴォルテックス』を撮ったかのように語った。これまでにないほどプライベートな作品と言えるだろう。

しんどい、辛い、悲しい……本作は2つに分かれたスクリーンで悲嘆を多面的に捉え、これでもかと観客に絶望の人生を見せつける。画面が分割されているせいで、夫と妻の分断が描かれているかのように感じてしまうが、結局、描かれているのは家族のしがらみだ。パートナーが認知症であろうと心臓を患っていようと、家族の繋がりからは決して逃れられないのだ。

『VORTEX ヴォルテックス』© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE – KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA

『VORTEX ヴォルテックス』には、ノエの言っていた”幸せだった頃”も描かれるが、それらは褪せた色合いになっている。そして”辛く苦しい今”は鮮やかな色だ。

作中、夫は「この家はもう、悪夢だ」と苦悩する。
妻は「私のことなんて、もう捨ててほしい」と自暴自棄になる。

しかし、その”辛い今”も、いつか色褪せていくに違いない。そして幸せも苦しみも渦(VORTEX)となって、色褪せて、そして天に帰っていく。最期の吐息とともに。

取材・文:氏家譲寿(ナマニク)

『VORTEX ヴォルテックス』は2023年12月8日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国公開

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『VORTEX ヴォルテックス』

映画評論家である夫と元精神科医で認知症を患う妻。離れて暮らす息子は2人を心配しながらも、家を訪れ金を無心する。心臓に持病を抱える夫は、日に日に重くなる妻の認知症に悩まされ、やがて、日常生活に支障をきたすようになる。そして、ふたりに人生最期の時が近づいていた…。

監督・脚本:ギャスパー・ノエ

出演:ダリオ・アルジェント フランソワーズ・ルブラン アレックス・ルッツ

制作年: 2021