あなたが観たい映画・ドラマを一発的中※ 会員登録が必要です

気分(複数選択可)
年代(複数選択可)
作品タイプ(複数選択可)
  • BANGER!!! トップ
  • >
  • アニメ
  • >
  • 「19世紀にも日本文化が大流行した」シルヴァン・ショメが語るフランス映画とアニメ、新作『マルセル&ムッシュ・パニョル』

「19世紀にも日本文化が大流行した」シルヴァン・ショメが語るフランス映画とアニメ、新作『マルセル&ムッシュ・パニョル』

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook
ライター:#遠藤京子
「19世紀にも日本文化が大流行した」シルヴァン・ショメが語るフランス映画とアニメ、新作『マルセル&ムッシュ・パニョル』
シルヴァン・ショメ監督
『マルセル&ムッシュ・パニョル』© 2025 WHAT THE PROD - MEDIAWAN KIDS & FAMILY CINÉMA - BIDIBUL PRODUCTIONS - WALKING THE DOG

仏アニメ界の巨匠シルヴァン・ショメが最新作を語る

フランスでは国語の教科書にも載っている国民的作家マルセル・パニョルは、映画監督として、またCNCの基礎を造りフランス映画界に多大に貢献した人物だ。

パニョルの自伝をもとにした新作『マルセル&ムッシュ・パニョル』が11月6日(金)から公開される。監督はフランスのアニメ界の第一人者、シルヴァン・ショメ。『イリュージョニスト』(2010年)はやはりフランス映画のアイコン、ジャック・タチ監督の未発表脚本をもとにしていた。

フランス映画祭で来日されたショメ氏に、フランス文化や2Dアニメについてのこだわりを聞いた。

シルヴァン・ショメ監督

「パニョルの映像がクリエイティブだったのは、カメラを外に持ち出したこと」

――監督が素材にしたジャック・タチは1907年に生まれて1982年に亡くなって、マルセル・パニョルは1895年に生まれて1974年に亡くなっているわけですが……

そうなんですか? 面白いですね。

――つまり10年くらい離れているわけですが、それぞれの世代でフランス文化を代表する映画監督だから題材にしたということなんでしょうか。

確かに、彼らはフランス文化の代表者なんですが、だいぶ違っていて……タチはまったく会話を使うタイプではない。文学ではなくマイムの人で、マイムとフレーミングが重要で、作品はパニョルより審美的なものでした。

パニョルは会話や登場人物の人間関係を重要視する人で、絵そのものに重点を置くタイプではなかった。唸らせられるようなショットは特になかったんですが、彼の映像がクリエイティブだったのは、カメラを外に持ち出したことです。

『マルセル&ムッシュ・パニョル』© 2025 WHAT THE PROD – MEDIAWAN KIDS & FAMILY CINÉMA – BIDIBUL PRODUCTIONS – WALKING THE DOG

パニョルとタチは、ヌーヴェル・ヴァーグ到来で同じ問題を抱えてしまいました。(フランソワ・)トリュフォーはパニョルとタチにちゃんと敬意を払っていたんですが、(ジャン・リュック・)ゴダールや彼の周辺の人は“親父世代のための映画だ”なんて言っていたんですよ。古くて退屈だと。これは非常に残念なことです。パニョルはカメラを街頭に持ち出してヌーヴェルヴァーグ世代にもインスピレーションを与えているわけで、いろいろ発明もしていますし。

それにタチの『プレイタイム』(1967年)は、いま見てもすごくモダンです。トリュフォーの映画はいまでもすごくファッショナブルで未来的な感じすら受けますが、60年代の若者にとってパニョルやタチは古く見えることが問題だった。『プレイタイム』はあんなに素晴らしかったのに。でも同じことが、60年代の映画を見た次の世代にも起こったわけですけれどね。

「アメリカ映画はいいものだけれど、そこにフランス映画も並んでいなければならない」

――『マルセル&ムッシュ・パニョル』にはパニョルが、フランスがアメリカ映画に文化的に侵略されることを心配するシーンがありましたが、そういうことからショメ監督もフランス文化の代表者のような人々をテーマに選んでいらっしゃるのでは、と思ったんです。

そうです。私は彼のセリフはまったく創作していなくて、これは本当に彼自身が言ったことなんです。原文はもっと長くて、私たちはそこまで尺を使えなかったので要約したんですが、映画はとてもパワフルな道具になり得るということを、パニョルはよくわかっていたんです。第二次世界大戦で、アドルフ・ヒトラーが映画で民衆の心をつかんだのを見ていたからです。

ですからパニョルは、もしも文化的な侵略を受ければ価値観を変えられかねないとわかっていたんです。アメリカ映画に反対するということではなく、むしろオーソン・ウェルズのような親友もいましたし、アメリカ映画をリスペクトしていました。でも、アメリカ映画はいいものだけれど、そこにフランス映画も並んでいなければならない。だからパニョルたちはアメリカ映画で得た収益に税金をかけて、フランス映画の資金にするという仕組みをつくったわけです。

だからこそフランス映画は生き残れたけれども、映画産業が生き残れなかった国もありました。パニョルには重要なことだったんです。彼には映画や音楽というものが、いかに子どもたちに影響を与えるかよくわかっていた。彼が気づいていなかったことで私が足したかったのは、食べ物もまた明らかに文化を破壊しうるということです。ハンバーガーみたいなジャンクフードっていうのは……それで、そういう要素を足しました。

『マルセル&ムッシュ・パニョル』© 2025 WHAT THE PROD – MEDIAWAN KIDS & FAMILY CINÉMA – BIDIBUL PRODUCTIONS – WALKING THE DOG

――私も本当にそう思います。

でも、日本にはフランスと同じように強い食文化があるじゃないですか。私たちには食文化があるからあんなに酷い食べ物と戦っていけるけれど、食文化がそこまで強くないところ、たとえばイギリスとかでは食文化が失われかけていますよね。アメリカらしい食べ物というものがないのと同様に、イギリスらしい食べ物がなくなっている。そのためにイギリスはヨーロッパで一番肥満度も高いんです。

――でも日本も、そこまで食文化が守られているわけでもないですが……。

まあ、フランスもそうです。でも日本では和食店がちゃんと残っているじゃないですか。街を歩けばファストフード店より和食店のほうが多い。フランスでもティーンのうちはファストフード店に入ったりもしますが、成人したらレストランに行くようになるものです。ファストフードばかり食べたりせず、レストランに行ったり家で料理したりしますよね。でもイギリスではそうじゃないんですよ、本当においしくないものばかりで。フランスにもそういうものもありますけれどね、ケバブとか。いまフランスではハンバーガーよりもケバブのほうが人気なんです。

『マルセル&ムッシュ・パニョル』© 2025 WHAT THE PROD – MEDIAWAN KIDS & FAMILY CINÉMA – BIDIBUL PRODUCTIONS – WALKING THE DOG

「手描きのもの、手で彩色したものにしかない詩情があります」

――先ほどおっしゃられたようにパニョルは会話を重視する作家で、パニョルの映画にはタチのようなスラップスティックな場面はないので、この映画では鳩とか蝉とか、視点が展開していく場面を入れて動きを出していらっしゃいますよね。絵作りで特に大変だったのはどんなことでしたか?

アニメは製作費がかかるものですが、いくつかのシーンではものすごくお金がかかっていて、“マネーショット”と言っていたほどだったんです。この映画には三つのマネーショットがありました。そのうちの一つは、マルセルの母が寝ていて、手紙が花になって、お母さんがその渦に巻きこまれていくところ。ラストシーンもとてもお金がかかりました。2Dアニメですが深みが感じられたと思います。

あともう一つは、中ごろでパニョルが鼻を怪我して鏡を覗きこむと突然、学校の教室になっている。あれも高くつきました。でも面白いシ―ンなので必要だったんです。アニメという表現でできることをやってみたかった。もちろんお金がかかりましたが、できうる限りのことをやってみたかったんです。

――ものすごく初歩的な質問をさせていただきますが、どうしてそんなにお金がかかるんでしょうか。

大抵は背景があって、一人か二人の登場人物がいて、動くのは登場人物だけですよね。でも、たとえばあのお母さんのシーンでは背景も全部動かすことになるわけです。すると、どんどんお金がかかることになる。そしてそこにCGを持ちこむと、さらに時間もかかる。つまり基本的に背景まで動かすと莫大な費用がかかってしまうんです。

『マルセル&ムッシュ・パニョル』© 2025 WHAT THE PROD – MEDIAWAN KIDS & FAMILY CINÉMA – BIDIBUL PRODUCTIONS – WALKING THE DOG

――なるほど、よくわかりました。CGの登場はトーキーの登場と似たような大きな技術革新だと思いますし、『星つなぎのエリオ』や『KPOPガールズ!デーモン・ハンターズ』のようなフルCGアニメも人気ですが、私もストップモーションアニメや手描きアニメに温かみを感じます。やはりCGを使う上でもあえて意識して手描きのタッチを残されたのでしょうか。

はい。私は2、3歳の本当に幼いころから絵を描いていて、表現として絵を描くことにとても自信があるんですが、パペットや造形は専門外だと感じてしまいます。コントロールできない、私のスキルではないと。でもCGはまた違うものです。ペンを使って紙に何かを描くことは私は大好きですが、私にとってCGは本当に描いているものではないので、何か違うんです。実際に何かやっているのはコンピュータですよね。

私にとって美しいものは絵画で、私は物語も大好きなので、ピクサーの映画では物語を楽しみますが、そこにほかのアニメに見出すような美を見出したことはありません。たとえば『101匹わんちゃん』(1961年)には美があるし、宮崎アニメ(ジブリ作品)にもあります。手描きのもの、手で彩色したものにしかない詩情があります。私は『ウォレスとグルミット』も大好きで素晴らしい映画だと思っていますが、物語に感動したことはありません。2Dの素晴らしいアニメを観たときのようには感動しないんです。

CGやクレイアニメにはない、手描き作品だけが持つ言語みたいなものがあると思います。CGやクレイアニメでは、物語がよくてキャラクター造形も素晴らしくても、それが美しいとは思えないんです。真に芸術的ではないと思ってしまいます。私の好みということですね。立体より絵画に惹かれるんです。どんなに美しい彫刻でも絵画のようには感動しないし、アニメとCG、クレイアニメに違いを感じるんです。

ただ一人、物体でアニメを作っていて大好きな人がいるんですが……そうそう、ヤン・シュヴァンクマイエルは好きです。でも、あれも実写に近いと思います。もちろん実写映画にも感動しますよ。でもアニメについては、どうして自分がこう感じているかはわかりません。

――感性の問題だということですか。

そうですね。フィーリングです。美しい絵画に感情をかきたてられることがよくあります。映画を見て感動することもよくあります。精神的なこと……芸術的なことです。

『マルセル&ムッシュ・パニョル』© 2025 WHAT THE PROD – MEDIAWAN KIDS & FAMILY CINÉMA – BIDIBUL PRODUCTIONS – WALKING THE DOG

「地方の人々が話すマルセイユ方言が、突然“パニョル語”と呼ばれるようになりました」

――パニョルがマルセイユ方言を映画界に持ちこんだシーンも、画一化していく社会に異議を唱えているようで面白かったです。方言は話している人の個性が出るので、いま日本の芸能界でも方言を話す人が人気なんです。

まず、1930年代のフランスの状況を理解していただく必要があります。マルセル・パニョルが『マリウス』を公演する(※1929年)まで、マルセイユ方言は(ほかの地方では)知られていなかったんです。たぶん何を言っているかわからなかったと思います。多くの人に方言が理解できないに決まっていると言われて、パニョルも演劇でマルセイユ方言を使うことに自信はなかったんですが、結果は大ウケでした。それは台本が素晴らしかったからです。

すごくシンプルで美しく、よくできていました。どんな言語を話す人でも理解できるように書かれていたんです。多くの人にとっては外国語のようだったとしても、感情がよくわかって面白かったし、恋愛や親子関係が描かれた感動的な人間ドラマでした。つまりパニョルは、北フランスと南フランスを出会わせることに成功したんですね。それで多くの人が実際に南フランスに行ってみたいと考えるようになって、南フランスは突然人気の観光地になったんです。

『マルセル&ムッシュ・パニョル』© 2025 WHAT THE PROD – MEDIAWAN KIDS & FAMILY CINÉMA – BIDIBUL PRODUCTIONS – WALKING THE DOG

どこにあるかも知られていなかったようなフランスの一地方の人々が話す言葉、マルセイユ方言と呼ばれていた言葉が突然“パニョル語”と呼ばれるようになりました。アクセントだけじゃなく、語彙もものすごく面白がられたんです。ちょっと大袈裟でトゥーマッチで、いつも面白い。それもパニョルの才能があればこそだったんですが。

北フランスでも同じようなことが、20年くらい前に公開になった映画で起こりました。登場人物が南フランスから北フランスに行くと、やっぱり方言が話されていて、急に北フランスが人気の観光地になりました。『Bienvenue chez les Ch’tis(邦題『ようこそ、シュティの国へ』):2008年』という映画です(タイトルをわざわざ書いてくれる)。ぜひ観てください。

「Ch’tis」というのは、この地方に住む人のこと。こんな感じで話すからです(北フランス方言の真似をしてくれる)。パニョルとマルセイユの関係を知ると面白いでしょう。

「私たちは絵画やバンド・デシネでも独自の文化を持っていたはずなのに」

――すごく面白いですね。いま世界中がどんどん画一化して、どこも似たような感じになってきていますが、それでも南フランスや北フランスの方言や文化はちゃんと残っているんですか。

北も南も、それぞれの文化が残っていますね。そんなに画一化はされていません。気質もまったく違うんです。マルセイユの人は声も大きくて、手を広げて「おお、我が友よ!」みたいな、イタリア人のような感じで(またも真似してくれる)、でもずっとその熱気が続くわけじゃないんですよ。ちょっと移り気なところがあって、一生の友だちという感じではない。

でも北部に行くと、一見気難しい感じなのに、一度仲良くなると一生の友だちになる。そして北フランスの人は気前がいいことで有名なんです。寒い地方で、炭鉱町だったところで失業やアルコールの問題も多くて、貧しい人も多いのに。方言は聞き取りにくくてマルセイユみたいではないんですが、気前の良さではフランス随一という人たちです。

地方に行けば、均一化されている部分も見えるかもしれませんが、まだまだ多くの特徴が残っていますね。日本もそうかどうかわかりませんが、島嶼部のようなところに行ったらだいぶ独自の文化が残っているのではないでしょうか。

『マルセル&ムッシュ・パニョル』© 2025 WHAT THE PROD – MEDIAWAN KIDS & FAMILY CINÉMA – BIDIBUL PRODUCTIONS – WALKING THE DOG

ただ、アニメの話で言うと、みんな同じような感じになってしまっていて、違うものを出そうとする人がいないようです。日本のアニメみたいな絵を描く人ばかりになってしまっていて、日本のものほど良くない。日本のアニメのようものをフランス人が作ったら、それはそうなってしまいます。なぜそんなふうに作るのか、なぜキャラクターを日本のアニメみたいな顔にしてしまうのか。日本人にしか見えないじゃないですか。理解できません。変ですよ。

日本のアニメみたいな絵を日本人が描くのはわかるんです。そして今は世界中で同じようなスタイルのアニメばかりになってしまっています。『ARCO/アルコ』という映画を見ましたか? フランス人が描いたとは思えないでしょう。私たちは絵画やバンド・デシネでも独自の文化を持っていたはずなのに、残念なことです。

『マルセル&ムッシュ・パニョル』© 2025 WHAT THE PROD – MEDIAWAN KIDS & FAMILY CINÉMA – BIDIBUL PRODUCTIONS – WALKING THE DOG

もっと違うことができるはずなんです。それなのに、フランス人らしいキャラクターを描けなくなっているのはおかしなことです。鼻がもっと大きくないとおかしい。私のキャラクターを見て日本人だと思う人はいないでしょう。『ARCO/アルコ』はどうしてあんなキャラクター造形なのか、おかしいですよ。

――確かに大友(克洋)さんっぽい絵ですよね。

そうなんです。どうしてかわからない。19世紀に浮世絵が入ってきてフランス人画家は大きな影響を受けたので、そんな感じなのかな。トゥールーズ=ロートレックとか。当時も日本文化(ジャポニスム)が大流行したんですよ。日本文化から影響を受けた作品がいっぱいあるでしょう。

――でもフランスのアニメには、やっぱりフランスらしさがあると思いますよ。

ええ、私たちが日本のアニメを見たら日本らしさを感じるのと同じでね。でも、やっぱりこれはわからないな。(『ARCO/アルコ』の絵を指す)

――好きなアニメと好きな実写映画を教えていただけますか。

たくさんありすぎて……とりあえず今日思いつく映画でいいですか? 『101匹わんちゃん』です。映画は多すぎるな。『エイリアン:コヴェナント』。美しさを感じるんです。ギリシャ悲劇的なところがあって、何回でも観ていられる。リドリー・スコットは最初の『エイリアン』も素晴らしかった。やっぱりH. R.ギーガーが素晴らしいんですよね。彼はもともとスイスでは画家で。うーん、やっぱり結局は絵なんだな。

シルヴァン・ショメ監督

取材・文:遠藤京子

『マルセル&ムッシュ・パニョル』は11月6日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー

Share On
  • Twitter
  • LINE
  • Facebook

『マルセル&ムッシュ・パニョル』

フランスの国民的作家マルセル・パニョルが少年時代の自分と人生を振り返る、事実に基づく物語

1956年パリ。フランスの国民的作家マルセル・パニョルは雑誌連載の執筆を依頼され、最初の一行を書き始めると、少年時代の自分が突然現れる。筆が進むにつれ、プロヴァンスやパリの思い出、演劇界や映画界での活躍など、鮮やかに蘇る記憶の数々。やがて、二人で自らの人生を振り返る、事実に基づく物語。

監督・脚本・キャラクターデザイン・ストーリーボード:シルヴァン・ショメ

制作年: 2025