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デヴィッド・リンチ『ストレイト・ストーリー』4Kリマスター公開!脚本家スウィーニー氏が明かす〈リンチの創作術〉

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ライター:#遠藤京子
デヴィッド・リンチ『ストレイト・ストーリー』4Kリマスター公開!脚本家スウィーニー氏が明かす〈リンチの創作術〉
『ストレイト・ストーリー 4Kリマスター版』© 1999 – STUDIOCANAL / PICTURE FACTORY – Tous Droits Réservés
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脚本家が語る『ストレイト・ストーリー』

2025年の1月15日にデヴィッド・リンチ監督が亡くなってもうじき1年になる。2026年の1月9日(金)、リンチ監督作としては異色のG指定の『ストレイト・ストーリー』(1999年制作/日本公開:2000年)が4Kリマスター版で劇場公開される。兄が倒れたと知った中西部の老人アルヴィン・ストレイトがトラクターに乗って州境を越えて兄に会いに行く、実話を元にした人間ドラマだ。

脚本を書いたのは当時、公私ともにリンチ監督のパートナーだったメアリー・スウィーニーさん。『ブルー・ベルベット』(1986年)で編集に携わり、その後『ワイルド・アット・ハート』(1990年)、『ツイン・ピークス』(1990年~)、『ロスト・ハイウェイ』(1997年)…とリンチ作品の編集を務め、『ストレイト・ストーリー』では脚本を書きプロデュースも行っている。

メアリー・スウィーニー
『ストレイト・ストーリー 4Kリマスター版』© 1999 – STUDIOCANAL / PICTURE FACTORY – Tous Droits Réservés

実在する老人アルヴィン・ストレイトについて報じたニュースのどこに惹かれたのか、なぜリンチ監督が参加したのか、スウィーニーさんに聞いた。

「ほかの誰かに脚本を書かせたいなんて思いもしませんでした」

――改めていま『ストレイト・ストーリー』を見ると、高齢者の自由や尊厳が描かれていて、高齢化した日本で注目され、共感もされる映画だと思いました。ですが公開当時の1999年、世間は21世紀の到来に湧き立っていて、高齢者への関心は薄かったと思います。なぜこのとき“高齢者映画”だったのでしょうか。アルヴィン・ストレイトの記事のどこが、脚本家だったスウィーニーさんの琴線に触れたのでしょうか。

90年代半ばにニューヨーク・タイムズのこの記事を読んでインスピレーションを得て、映画化権を獲得して脚本を書いてプロデュースしました。でも、この記事がどれほど深く自分に関わっていると思ったのかを正確に言い表すのは難しいですね。映画化権を取るのに4年かかり、その間、私はこの企画が忘れられなかったんです。物語自体にも魅了されましたし、私が育った地方の物語なのでものすごく身近に感じました。

アルヴィンは、私の父やおじやおば、祖父母たちみたいな人たちです。みんな農業をやっていました。父と父の兄弟姉妹は農場で育っていて、頑固で誇り高い特別なカルチャーがありました。高齢者の尊厳が感じられたと言ってくださって、ありがとうございます。尊厳を大事にしているからこそ、彼はわざわざ苦労する旅に出るわけです。彼は静かにひとり決心して出かけるのですが、どれほど強い決意だったことでしょう。こういったことから育った場所で知っていた、好きだった人々を思い出したんです。“つながり”が理由の一つかもしれません。

それに、私はいつも年を取った人たちが好きだったんです。生きてきた長い歴史があって、面白い話をたくさん知っています。いつも惹きつけられます。希望がなかったり、どれだけ時間がかかっても、どれだけ大変でも、企画を手放さずにスタートさせて完成させることが、私がこれを映画にできるかどうかのテストみたいなものだったのかもしれません。

『ストレイト・ストーリー 4Kリマスター版』© 1999 – STUDIOCANAL / PICTURE FACTORY – Tous Droits Réservés

――どれだけの間、待ち望まれていたとおっしゃいましたか?

ええ、お話ししたとおり、じつは映画化権は一度大きなハリウッドのスタジオで買われていたんです。アルヴィン・ストレイトの役をポール・ニューマンにやらせようと考えているような人たちですよ。あり得ないでしょう?(笑)。それで彼らは映画化権ではなくオプション(交渉権)を買っただけで、その契約を毎年更新していたんです。それで引き続き動きを追っていたら、何が起きたかというと、アルヴィン・ストレイトが亡くなってしまったんです。

もしかすると契約は更新されないんじゃないかと思いました。そこでアイオワに住んでいるアルヴィンのご家族にコンタクトしてみたところ、契約を更新しなかったことを知りました。映画化権も買える状態だったんです。それでご家族と契約を結んで、彼らからアルヴィンの話を聞きました。そこまで4年かかりました。1994年から1998年までですね。かなり長いこと抱えていました。その間ずっと映画化したいと思っていて、ほかの誰かに脚本を書かせたいなんて思いもしませんでした。だから、もちろん権利を得て脚本を書くことに決めたんです。

『ストレイト・ストーリー 4Kリマスター版』© 1999 – STUDIOCANAL / PICTURE FACTORY – Tous Droits Réservés

「ハリー・ディーン・スタントンが眼差しを向けて、ちょっと口を震わせたら……」

――そこに、どうやってリンチ監督が参加されたのでしょうか?

私はずっとデヴィッドに、4年間もこの映画化権を追いかけていたと話し続けていて、脚本も書いていたんです。それで、彼は「面白そうな話だね。でも俺は興味ないね」と言っていた。ところが1998年の6月に彼に脚本を渡したらすごく感動して、それで彼が作りたいという気持ちになったんです。

――過不足のない素晴らしい脚本ですよね。アルヴィンは第二次世界大戦と朝鮮戦争に出兵した退役軍人で、PTSDからアルコール依存症になった経験なども話していますし、14人も子どもが生まれたのに7人しか育っていなかったり、多くの社会問題が会話の中に表現されています。一方、兄役のハリー・ディーン・スタントンとは「あれに乗って俺に会いに来たのか」という、ごく短いたったひと言で和解の気持ちが通じていたりして、一体どのように組み立てていかれたのでしょうか。

私が育った田舎の人たちは、あまり喋るタイプではないんです。特に男の人は本当に少ししか話さなくて、頭もいいしすごく面白い冗談を言うこともあるけれど、社交的には寡黙なタイプで。それも田舎のカルチャーなんですが、ほとんど「うん」か「いいや」しか言わない(笑)。そういう感じをアルヴィンからも受けました。アルヴィンも寡黙なタイプに違いなかったんです。

アルヴィンは兄が生きているかどうかもわからないのに旅に出るわけですよね。そこが素晴らしいと思います。兄の家に着いて、庭に立って兄を呼び始めます。でも答えがない。(アルヴィン役の)リチャード・ファンズワースはパニックになったような彼独自の演技をしてくれましたが、あんな感じだったろうと思います。

でも、ついに兄が返事をして二人で一緒に座りますね。ここが、私が“きっとこうなっていたはずだ”と思っていたところで、もちろんデヴィッドも素晴らしく監督してくれたし、彼もあのエンディングに賛成してくれていたんです。だってハグして、「ああ、俺が悪かった。二度と喧嘩なんかしないよ」なんて、絶対にそうなるわけはないし、ハリー・ディーン・スタントンですよ? 彼が眼差しを向けてちょっと口を震わせたら、もう人の心を感動させられるんですよ。それだけパワフルなんです。

だから二人の老人が座っていて、アルヴィンがどんな困難を潜り抜けてきたかは観客はわかっていて、ハリー・ディーンがたった一言「あれに乗って俺に会いにきたのか?」と言う。ハリー・ディーンだから、どんな旅だったかわかっているに決まっている。それ以上何も言わせる必要はないわけです。年老いた彼らの顔が素晴らしかったでしょう?

『ストレイト・ストーリー 4Kリマスター版』© 1999 – STUDIOCANAL / PICTURE FACTORY – Tous Droits Réservés

「“あの家”は本当にアルヴィンが住んでいた家だったんです」

――アルヴィンは人生でも大変な困難に遭ってきていますが、あれは全部本当なんですか? それとも社会問題を少し足したりしたんでしょうか。

いいえ。というのは、アルヴィンのお子さんたちに会いに行って何日間か一緒に過ごして、いろいろ話を聞いていたのですが、全員話が違っていたんです。子どもが7人いて、それぞれに違うエピソードがありました。年齢でもアルヴィンは変わったでしょうし、奥さんが亡くなってからも変わったし、年上の子どもたちにとっては、彼がお酒を飲んでいたころはいつもいい父親だったわけでもなかったんじゃないかという印象を受けました。それに彼らは貧困ライン以下で育ったんだと思います。金銭的に豊かだったわけではない。それでも彼は、この旅に行ったんですよ。

彼は旅に出たときアルコールを断っていましたが、年を取っていて書類上では盲目で、長距離バスに乗るお金も持っていなかった。目がよく見えないから車の運転もできなかった。問題だらけだったんです。それが、私たちが見つけて構成したアルヴィン・ストレイトの真実です。でも私たちは彼がどんな旅をしたかは本当のことは知りません。一部はわかるけれど、彼の旅のほとんどは記録されていないし、彼は亡くなってしまった。ですからエピソード的な事柄のいくつかは創作です。

彼のお子さんたちとかなりの時間を一緒に過ごしましたが、私が知っている老人たちの要素もアルヴィンに入っていると思います。でもエピソード的な出来事にはアルヴィンが経験していたことも入れました。例えばヒッチハイクしていた少女とか、裏庭に彼を泊めた人たちとか。スローなシーンの展開でバランスを取るために、空撮で田園地帯の美しいカットを入れました。それに、アルヴィンの自宅も撮りました。あの家は本当に彼が住んでいた家だったんですよ。

ですから、あの家から撮影をスタートして、時系列に彼の旅が進んだように撮りました。彼の旅路を追っていくと、ミシシッピ川を越えてウィスコンシン州に入って彼の兄に会います。それが夏の終わりからの旅で、撮影を始めたのは8月の第3週。10月の頭まで続いたので風景がちょうど変わるころで、旅が進むにつれて夏から秋へと季節が変わり、樹々がみんな紅葉してミシシッピ川流域がものすごく美しかったんです。

ある種、映画撮影中に撮影隊という家族と、また実の家族とも一緒に働いていて、すべてのリリシズムが感じられました。みんながリチャードのことを好きで、リチャード自身もあんなふうに素敵な人だったんです。私たちはただ自然の中にいて、素晴らしい経験でした。

『ストレイト・ストーリー 4Kリマスター版』© 1999 – STUDIOCANAL / PICTURE FACTORY – Tous Droits Réservés

――風景もとても素晴らしかったです。ヘリコプターを使われたんですね?

そうです、空撮でね。あのヘリコプター・オペレーターは『逃亡者』(ドラマ版:1963~1967年)と同じ人なんですよ。あの都会の摩天楼の上からゆっくり下がっていくショットは、いまでは当たり前に見かけますが、『逃亡者』が最初だったと記憶しています。あのヘリコプターと撮影監督のチームが撮影してくれました。

彼はすごく素敵なショットも撮ってくれました。結局は使えなくて、その理由も覚えていないんですが、ミシシッピ川よりもっと小さな川の上を飛んでいて、両方の川岸に木が生えていて、真ん前に鷲が飛んでいた、信じられない凄いショットでした。

――風景も素敵でしたが、アルヴィンの人間性が良かったです。貧しかったとおっしゃっていましたが、すごく正直で、長距離電話代もちゃんと払うんですよね。

娘に電話するシーンですね。そう、すごく名誉を重んじるし誇り高いんです。

『ストレイト・ストーリー 4Kリマスター版』© 1999 – STUDIOCANAL / PICTURE FACTORY – Tous Droits Réservés

次ページ:「高齢者の尊厳についての物語」
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『ストレイト・ストーリー 4Kリマスター版』

73歳のアルヴィン・ストレイト(リチャード・ファーンズワース)は、アメリカ・アイオワ州ローレンスで娘のローズ(シシー・スペイセク)と二人で暮らしている。ある日、転倒して無理矢理、病院に連れていかれる。医者からは治療をするように言われ、普段は歩行器を使うようにと指導されるが、拒絶。2本の杖を使うことだけは受け入れてさっさと家に帰ってしまう。頑固な老人である。
雷雨の夜、仲違いをして長らく口もきいていなかった、76歳の兄のライル(ハリー・ディーン・スタントン)が心臓発作で倒れたという知らせが入る。ライルが暮らすウィスコンシン州マウント・ザイオンまでは560km。車であれば一日の距離だが、運転免許証を持っていない。しかし、自分の力で会いに行くと決めたアルヴィンは周囲の反対に耳も貸さず、たったひとり、時速わずか8kmのトラクターに乗り、旅に出る。もう一度、兄と一緒に星空を眺めるために。

監督:デヴィッド・リンチ
製作:アラン・サルド メアリー・スウィーニー ニール・エデルスタイン
製作総指揮:マイケル・ポレア ピエール・エデルマン
脚本:ジョン・ローチ メアリー・スウィーニー
撮影:フレディ・フランシス
美術:ジャック・フィスク
編集:メアリー・スウィーニー
衣裳:パトリシア・ノリス
音楽:アンジェロ・バタラメンティ

出演:リチャード・ファーンズワース、シシー・スペイセク、ハリー・ディーン・スタントン

制作年: 1999