選挙運動は戦争?『キングの報酬』
1986年の映画『キングの報酬』をご存知だろうか。監督は『十二人の怒れる男』などで知られるシドニー・ルメット、主演にリチャード・ギア、ジーン・ハックマンやデンゼル・ワシントンら共演。泣く子も真顔で二度見する重厚な布陣だ。そんな本作が描くのは、政治的な権力抗争や策略がうごめく選挙運動の裏側である。
『キングの報酬』© 1986 Warner Bros. Entertainment Inc.
選挙運動の仕掛人ピートは、劣勢候補者さえも当選させる腕の持ち主。ある日、古くからのクライアントである上院議員が病気を理由に引退することを聞く。その後釜として出馬する候補者に雇われることになるも、手伝っていくうちに、やがて選挙運動の裏に隠された陰謀を知る――。
『キングの報酬』© 1986 Warner Bros. Entertainment Inc.
やや大仰な演技を見せるギアとハックマンとは対象的な、若きデンゼルの冷静かつ冷酷な存在感も光る本作。デンゼルは本作の演技で<NAACP(全米黒人地位向上協会)イメージ・アワード>で最優秀助演男優賞しているが、一方で上院議員の妻を演じたビアトリス・ストレイトはゴールデンラズベリー賞の最低助演女優賞にノミネートされてしまった。
『キングの報酬』© 1986 Warner Bros. Entertainment Inc.
政治報道出身の脚本家が描くリアルな“裏側”
1986年当時の本国メディアの本作に対する評価は様々で、興行収入は残念な結果に終わっている。近年の評価もきっぱりと賛否が別れており、某レビューサイトでも分かりやすく半々の評価だ。とはいえ、いわゆる“選挙プロモーション”のドロドロした内幕のリアルな描写については評価が一定して高く、このあたりは長らく政治報道に携わっていたデヴィッド・ヒンメルスタインによる脚本のおかげだろう。
『キングの報酬』© 1986 Warner Bros. Entertainment Inc.
本作では選挙戦における“商品化”や“メディア戦略”がテーマになっており、後年の映画と比較すると微妙な差異が興味深い。例えば1997年の『ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ』では架空の戦争を捏造することで大統領のスキャンダルを隠蔽するという極端なメディア操作が描かれており、政治とハリウッドの癒着をブラックに風刺。また、2015年の『選挙の勝ち方教えます』は“アメリカ式の選挙戦略をボリビアに輸出する”という過激な設定だったが、じつは原作はドキュメンタリーだ。
いずれも「政治的真実は操作される」という共通の視点を持ち、メディアの力と倫理の境界を突きつける。そうした点で本作は、より現実的で抑制されたトーンで政治とメディアの関係を描いた、先駆的作品として語ることもできるだろう。
『キングの報酬』© 1986 Warner Bros. Entertainment Inc.
私たちが直面する選挙の“いま”と揺らぐ倫理
日本の投票率はなかなか上がらないものの、<選挙>という言葉自体は多くの国民が注視・警戒する“ホットなトピック”になっている。しかし本来、有権者からのイメージを大いに気にするはずの政治家や候補者たちの多くが、支持欲しさに排外的ポピュリズムに手を出してしまっているように見えてならない。
『キングの報酬』© 1986 Warner Bros. Entertainment Inc.
本作はインターネットどころかケータイも普及していない時代の映画だが、だからこそ見えてくる“宣伝”の本質がある。現実世界と照らし合わせて決定的に変わった側面もあれば、ゲンナリするほど変わらない部分もあるだろう。私たちはいま、状況によって激しく左右される倫理の危険性、その脆弱さを目の当たりにしているのかもしれない。
『キングの報酬』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2025年7月放送