この映画をどう観るか
本作を観るにあたって、三つのことを勧めたい。
まず、数字が出てきたら分母を確かめること。何人中の何人か、どの制度の、どの時点の数字か。作品の主張に有利な数字にも、不利な数字にも、同じ問いを向ける。映画が用いる「mRNA遺伝子製剤」という呼び方ひとつにも立場は表れる。語彙の選び方に気づくことは、作り手を疑うことではなく、ドキュメンタリーを読むための基本動作である。
次に、登場する医師や研究者の見解が、査読を経た研究としてどう評価されているかを、鑑賞後に自分で調べること。ひとつの映画は、ひとつの視点である。反対側の専門家の反論を読んではじめて、論点の輪郭が見える。
最後に、それでも、画面に映る患者と遺族の存在を「デマ」の一語で片づけないこと。彼らの症状の原因がワクチンであるかどうかは、個別には確定できないかもしれない。だが、原因がわからないまま放置されている人がいるという事実は確定している。
不信は、ほかのワクチンにも及ぶ
被害の訴えを放置することの代償は、すでに表れている可能性がある。
新型コロナワクチンは2024年度から、高齢者などを対象とする定期接種に移行し、自己負担が生じるようになった。接種率は、無料だった時期に比べて大きく下がったと報じられている。費用の問題が大きいとしても、背景に接種への迷いがあることは否定しにくい。そして不信は、ひとつのワクチンにとどまらない。子どもの定期接種や、ほかの感染症のワクチンについても、「本当に安全なのか」という問いが、以前より声高に語られるようになった。
ここで専門家が「デマに惑わされるな」と繰り返すだけでは、逆効果になる。不安を抱く人の多くは、科学を否定しているのではなく、不都合な情報が隠されているのではないかと疑っている。その疑いを解くには、起きた有害事象を隠さず示し、わかっていることとわかっていないことを区別して語るしかない。安全性への信頼は、危険性についての正直さの上にしか成り立たない。本作が投げかける問いに正面から答えることは、感染症対策を担う側にとっても利益になる。
次の感染症の前に
必要なのは、接種を勧める仕組みと同じ熱量で、接種後を追う仕組みを持つことだ。接種記録と医療データを全国でつなぎ、異変の兆しを統計的に検出する体制。因果関係が不明な段階でも診療を受けられる窓口。申請者に立証の負担を負わせない救済の運用。そして、不都合な兆候が出たときにそれを公表する行政の習慣である。
信頼は、安全だと言い切ることでは築けない。危険が生じたときにどう扱われるかを、人は見ている。接種後に苦しんだ人を置き去りにした記憶は、次のパンデミックで「打ってください」という呼びかけの効き目を確実に削る。被害の訴えに向き合うことは、ワクチンへの信頼を壊すことではなく、守ることである。
医療者が誓うとされるヒポクラテスの教えは、「まず害をなすな」という言葉で知られる。その盲点とは、害を数える仕組みを持たなければ、害はなかったことになるという一点に尽きる。アップデート版の公開は、私たちがこの1年で何を数え、何をまだ数えていないのかを確かめる機会になる。
【作品情報】
『ヒポクラテスの盲点』 2025年10月10日初公開、2026年11月6日(金)より追加取材映像を加えたアップデート版公開/監督:大西隼/配給:テレビマンユニオン
©「ヒポクラテスの盲点」製作委員会
公式サイト
※本稿は、公表されている作品資料および公的機関・自治体の公表資料をもとに執筆した。救済制度の件数は2025年3月時点の集計であり、最新の数値は厚生労働省の公表資料で確認されたい。本稿は特定の医療行為を推奨または否定するものではない。