春。希望に満ちた新生活がスタートする季節。ただ、新たな環境に一歩踏み出すことは、大きなエネルギーを必要とすることがあります。未知の世界へ飛び込むことは、これまでの自分を一度手放し、コントロールできない不確定な要素を受け入れる必要があるかもしれません。
しかし、その重い一歩を動かす方法は、決して「決死の覚悟で飛び込む」ことだけではありません。自分にとって心地よい「速度」を見つけることができれば、恐怖は少しずつ好奇心へと変わっていきます。
そこで今回は、そんな「一歩踏み出す勇気」をくれる5つのロードムービーを、徒歩、自転車、バイク、クルマ……といった“移動手段”ごとに選んでみました。目的地へ向かうスピードが違えば、そこにある勇気の形もまた違って見えるのではないでしょうか。
今のあなたにぴったりの「速度」で
<徒歩>
『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』(2022年)
監督:ヘティ・マクドナルド
出演:ジム・ブロードベント、ペネロープ・ウィルトン、リンダ・バセット ほか
【あらすじ】
定年退職し、妻と静かな余生を過ごしていたハロルド・フライ。ある日、かつての同僚から、末期がんでホスピスに入院しているという手紙が届きます。返事を出そうと家を出たハロルドでしたが、「生きているうちに直接会わなければならない」という強い衝動に駆られます。そして、そのまま、イギリスを縦断する800キロの道のりを歩いていくことを決意しますが……。
【おすすめポイント】
レイチェル・ジョイスの世界的同名ベストセラーを映画化したロードムービー。徒歩という「最も遅い速度」だからこそ見えてくる景色と、出会える人々。そして自分自身の内面と徹底的に向き合う姿に、深い感動を覚えます。800キロという途方もない距離を前にして、ハロルドが口にする「ただ、歩き続けるだけだ」という言葉。それは、大きな変化を前に足がすくんでいる私たちの背中を、優しく、けれど力強く押してくれます。
<自転車>
『南風(なんぷう)』 (2014年)
監督:萩生田宏治
出演:黒川芽以、テレサ・チー、郭智博 ほか
【あらすじ】
ファッション誌の編集者として多忙な日々を送っていた26歳の風間藍子。しかし、恋人にはフラれ、仕事でも地味な部署へ異動を命じられるなど、人生の曲がり角に立たされていました。取材のために訪れた台湾・台北で、彼女はひょんなことからモデルを夢見る地元の女子高生トントンと出会い、サイクリング・イベントが開催される日月譚(リーユエタン)を目指して4日間の自転車旅に出ることになりますが……。
【おすすめポイント】
日本と台湾の合作で風光明媚な台湾各地の観光スポットをふんだんに切り取りながら、仕事と恋につまずいた女性の心の再生を描く爽やかなサイクリング・ロード・ムービー。自転車は、歩くよりも遠くへ、車よりも身近に世界を感じられる乗り物ですが、自分の力で漕がなければ進みません。ただ、自分の足で漕ぐからこそ得られる満足感がそこにはあると思います。
<バイク>
『モーターサイクル・ダイアリーズ』(2003年)
監督:ウォルター・サレス
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、ロドリゴ・デ・ラ・セルナ、ミア・マエストロ ほか
【あらすじ】
1952年。アルゼンチンのブエノスアイレスで、理想に燃える23歳の医学生エルネスト(のちのチェ・ゲバラ)は、陽気な親友アルベルトと共に、南米大陸を縦断する野心的な探検旅行に出発します。相棒は、今にも壊れそうな中古バイク「ポデローサ(力強い)号」。彼らはアンデス山脈を越え、チリ、ペルーを経てベネズエラを目指しますが……。
【おすすめポイント】
伝説の革命家の若き日を描いたこの物語は、まさに「旅による人間的成長」を描いているといえます。バイクというスピード感のある乗り物は、青年の高揚感と世界への好奇心を満たすにはうってつけの乗り物かもしれません。自分の知らない広い世界を見てみたい、という根源的な欲求を刺激してくれる、永遠の青春ロードムービーです。
<クルマ>
『リトル・ミス・サンシャイン』(2006年)
監督:ジョナサン・デイトン ほか
出演:グレッグ・キニア、トニ・コレット、スティーヴ・カレル ほか
【あらすじ】
アリゾナ州に住むフーヴァー一家は、それぞれに強烈な個性を持ち、崩壊寸前の状態。そんなある日、7歳の末娘オリーヴに、カリフォルニアで開催されるミスコンテストへの出場チャンスが舞い込みます。飛行機代も出せない一家は、オンボロの黄色いワーゲンバスに全員で乗り込み、1,000キロ先の会場を目指して出発しますが……。
【おすすめポイント】
インディ作品としては異例のヒットを記録して大きな話題を集めた本作。ロードムービーの醍醐味ともいえる「密室の車内で展開される濃密なドラマ」を、最高のユーモアとペーソスで描いています。どんなにオンボロなバスでも、みんなで押せば前へ進む。完璧ではない“負け組”の彼らが、最後にステージで見せる輝きは、観客に勇気を与えてくれます。
<トラクター>
『ストレイト・ストーリー』(1999年)
監督:デヴィッド・リンチ
出演:リチャード・ファーンズワース、シシー・スペイセク、ハリー・ディーン・スタントン ほか
【あらすじ】
米アイオワ州に住む73歳のアルヴィン・ストレイト。ある日、10年来仲違いしていた兄が心臓発作で倒れたという報せが届きます。兄に会いに行きたいアルヴィンでしたが、車を運転する免許はなく、足も悪いため公共交通機関も使えません。そこで彼が選んだ手段は、なんと「時速8キロの芝刈り機(トラクター)」で……。
【おすすめポイント】
1994年にNYタイムズに掲載された実話をもとに、巨匠デヴィッド・リンチ監督が驚くほどストレートに温かく、それでいてユーモアとペーソスたっぷりに描いたロードムービーです。時速8キロ。これは、人生の黄昏時を歩む人間が、過去を振り返り、和解するための「誠実な速度」なのかもしれません。
「一歩踏み出す」とは、必ずしも全力で駆け出すことだけではありません。徒歩の歩幅でも、時速8キロのトラクターでも、自分のペースで進めばそれは立派な「前進」です。もし今、新しい環境で足がすくんでいるのなら、まずはこれらの映画を通して自分に合った「心地よい速度」を探してみてはどうでしょう。その発見が、未知の世界へ踏み出すためのヒントになるかもしれません。