2022年11月12日に他界した大森一樹監督(『ヒポクラテスたち』/80、『ゴジラ』シリーズ)の生前最後の企画が、大森監督の遺志を継いだ緒方明監督(『独立少年合唱団』/00)により、佐々木蔵之介を主演に迎えて描く、幕末に奮闘する村医者の物語『幕末ヒポクラテスたち』となって、2026年初夏に全国公開が決定した。このたび、出演キャストが解禁となった。また、緒方明監督からコメントが到着した。
その医者が未来に繋ぐものとは?
2022年11月、京都府立医科大学出身の医者であり映画監督であった大森一樹は、惜しくも今回の企画を遺して70歳で人生の幕を閉じた。彼の20代の代表作、1980年に公開された『ヒポクラテスたち』は、彼の母校である京都府立医科大学の学生寮、鴨川沿いの喫茶店などを舞台に京都で撮影、医大生達の青春と葛藤を描き出して高い評価を受けた。そして2020年、コロナ感染症が広まったころ、大森一樹監督企画“幕末ヒポクラテスたち”が京都府立医科大学150周年プロジェクトの最優秀に決定し、映画が製作されることとなる。
原案となったのは、移りゆく時の流れに取り残されていく人情味あふれる医者とその妻を描いた1960年公開の『ふんどし医者』(主演・森繫久彌、原節子、監督・稲垣浩)(©︎1960TOHO CO.,LTD.)。しかし、撮影準備をしていた矢先に大森監督が他界する。そのため一度は幻になりかけた本作だったが、京都府立医科大学の協力のもと、かつて大森監督の助監督を務めていた緒方明が遺志を受け継いで監督を務め、ついに完成した。
旧来の漢方医と西洋医学を学んだ蘭方医とが混在した時代、幕末。京都の村を舞台に、村医者である蘭方医・大倉太吉の奮闘と次代への思いの継承を生き生きと描く本作。貧富の区別や、立場の区別なく市井の人々を救う蘭方医・大倉太吉をおおらかに、そして快活に体現するのは京都出身の佐々木蔵之介。太吉のライバルで、“どんな病も葛根湯”の漢方医・荒川玄斎を演じるのは、『ヒポクラテスたち』(80)でデビューを果たした内藤剛志。大けがを負ったところを太吉に助けられた、気性の荒い青年・相良新左を演じるのは、『佐々木、イン、マイマイン』(20)など注目作への出演が続く藤原季節。新左の妹・相良峰役を藤野涼子(『ソロモンの偽証』前・後/15)、太吉をやさしく、時には強く支える妻・大倉フミ役を真木よう子、そして謎の侍・弾蔵役には45年前『ヒポクラテスたち』(80)で年長者の研修医役を演じた柄本明。
ナレーションを務めたのは、大森監督作『風の歌を聴け』(81)で映画デビューを果たした室井滋。脚本を担当したのは大森監督を70年代から知る西岡琢也(『はやぶさ 遥かなる帰還』/12)と、京都と大森監督にゆかりのあるキャスト、スタッフが集結した。
私にとって大森一樹は師であり、兄貴であり、大学で映画を教える講師仲間であり、映画を肴に痛飲する友人だった。そんな大森さんが還らぬ人となったのはコロナの猛威がほんの少し落ち着いたかに見えた2022年の秋。私はただただ呆然とするしかなく深い喪失感に包まれた。
そして、大森一樹は巨大な宿題を遺していった。『幕末ヒポクラテスたち』と題された一冊の脚本。西岡琢也さんと作り上げたそのホン。生前下北沢の飲み屋で「これが俺の遺作やな!」とよく語っていた企画だった。その映画を完成させないか?森重プロデューサーから話があった。私は震えた。とんでもない「置き土産」だった。世の中には「断れない依頼」というものが存在する。大森さんの不在をなかなか受け止められない私は大森さんの遺作になるはずだった作品を監督することにした。
この歳になって初めてのことばかりだった。初めての時代劇。初めての京都太秦撮影所。スタッフルームには大森さんのニッコリ笑った写真を置き毎朝手を合わせてから現場に向かった。
頼もしい東京、京都混成チームのスタッフや豊かな俳優陣と共に濃密で幸福な時間が流れ作品は完成した。映画は暗闇で観るもの。でも映画を作る私たちはいつだって「暗くなるまで待てない!」でいる。
(緒方明/監督)
『幕末ヒポクラテスたち』は2026年初夏、全国公開