原作者・魚豊×Official髭男dism藤原聡スペシャル対談 特別コラボMVも公開『ひゃくえむ。』

原作者・魚豊×Official髭男dism藤原聡スペシャル対談 特別コラボMVも公開『ひゃくえむ。』
©魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会
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『ひゃくえむ。』魚豊先生×藤原聡インタビュー

――まずはお互いの作品に出会ったきっかけを教えてください。

藤原:バンドメンバーの楢ちゃん(Ba/Sax:楢﨑誠)に『チ。―地球の運動について―』がヤバい!と薦められて読んだのが始まりです。そんな折に『ひゃくえむ。』の主題歌のお話をいただき、まず作品を読ませていただいたのですが、今までの人生の中でモヤモヤするけれど隅に置いたまま年を重ねてきた感情に、名前や理由をくれた感覚になりました。

鳥肌が立ったのは、財津が小宮にかける「不安とは君自身が君を試す時の感情だ」という言葉です。僕自身、「声が枯れたらどうしよう」「音が外れてしまったら?」と、以前は不安な気持ちにかられながらライブをすることがあって、なんでこんな楽しい場所でネガティブな感情で過ごさないといけないんだ?と感じていたことがありました。ステージにしっかり立っていたはずなのに一度そういったことが起こると途端に崩れてしまいそうになるのですが、財津の“不安も引き連れてパフォーマンスする”という感覚にはハッとさせられました。

また、社会人になったトガシが怪我をしてしまい、公園で走る練習をしている子どもたちと会話しているうちに号泣してしまうシーン。子どもたちにアドバイスをしながらも、その言葉に自分自身が納得できていないから涙がこぼれてしまう。僕も音楽をやっていくなかで「自分が楽しければいい」「このぐらいでいいや」と思いたくないけれど、そっちの方が楽な時もあることを知っています。でもそれをやればやるほど自分のことが嫌いになっていくこの感覚にあの場面を重ね、“俺の心にもこういったものがあるな”と震えました。

『ひゃくえむ。』にはこういった瞬間が本当にたくさんあって、“自分の今後の活動や人生観にこんなにも熱を与えてくれた作品がいまだかつてあっただろうか”と思い、「僕らで良ければぜひ書かせてください」とお返事しました。本当に大好きな作品になり、自然と何周も読み返しました。主題歌制作にあたっては「こんな曲にしよう」と頭を使って考えるよりも、自分の身体の中に『ひゃくえむ。』が入った状態で生まれてきた作品を主題歌にしようと決めました。

魚豊:ものすごく読み込んでくださっている……本当にありがとうございます。僕もヒゲダンさんの音楽が大好きなので、正直まだ現実感がありません。自分が最初にヒゲダンさんの音楽に触れたのは、ラジオで「Stand By You」(18年)を聴いた時でした。滅茶苦茶カッコいいなと思っていたらその後すぐに「Pretender」(19年)が大ヒットして、どこに行っても流れている存在になって凄いな……と感じていました。

好きな曲はたくさんありますが、例えば「宿命」(19年)は僭越ながら自分が作品を作る時とセンスが近い気がしてよく聴いていましたし、「Pretender」はまさに「一人の作家が一生に一度そういうものを作ったら偉大な存在になる」マスターピースだと思います。僕は、何が美しいかを世界に対して提示することこそが作家の最終的な使命だと思っていますが、失恋ソングでありながら、どんな状況になっても「君は綺麗だ」に落とす感覚が非常によくわかりました。

ヒゲダンさんの曲を聴いていて思うのは、本当に言葉が安くないということです。難しい言葉を使ったり、混み入った話をしているわけじゃないんだけれど、その中に複雑性が入っていて、自分も常々「シンプルだけれどちゃんと説得力がある言葉」を目指したいと思っているので、ジャンルは違えど作家として本当に尊敬しています。

藤原:まさか魚豊先生にそこまで言っていただけるなんて……。ヤバい、どうしよう(笑)。今回の『らしさ』に関しては、元々は今回のお話をいただく前から「自分のアイデンティティってよくわからないな、“自分らしさ”というものをもう一度見つめてみたい」という想いで作り始めた楽曲でした。そのときはサビのメロディと『らしさ』というタイトルくらいしか決まっていなかったのですが、『ひゃくえむ。』を読んでいくなかで気づけばデモをBGMのようにして読んでいる自分がいました。であれば一度この曲でトライしてみようと思い立ち、『らしさ』というタイトル以外はメロディも歌詞も変えまくり、この作品の熱をきちんと受け止められるものができるまで改良を続けました。

『ひゃくえむ。』は陸上競技の話ではありますが、自分が生きてきた人生や音楽というフィールドでの競争の話としても捉えられて、自分の心との共通項がたくさんありました。だからこそ「こういう感じの曲が出来そう」とゴールから逆算していく作り方ではなく、自分でも全く予想していなかったところにまで連れてきてくれた感覚があります。

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