「途中で何が起きても、カメラは同じ距離感を保つ」
詳細な脚本は作らず、あらすじをベースに演技経験ゼロの素人を迎える独自のスタイルで撮影を行ったという、ホアン・ジー監督と大塚竜治監督。撮影も担当した大塚監督は「人物だけを切り取るのではなく、社会の中に彼女が立っているという構図でこの物語を伝えたかった」と、主人公のリンが生きる世界を観客と共有するために、カメラを固定して撮影を進めたという。
『石門』©YGP-FILM
また女性の妊娠が大きなテーマとなる本作では、実際の妊娠期間=10ヶ月間にわたって撮影を敢行。大塚監督は撮影の様子をこう振り返る。
10カ月間かけて観察するため、主人公を同じ距離感を保って撮り続けることだけを決めました。途中で何が起きても、カメラは同じ距離感を保つ。人物だけを切り取るのではなく、社会の中に彼女が立っているという構図でこの物語を伝えたかった。50mmレンズを使い、ちょっと引き目の距離から撮っています。
より自然なリアリティを追求したホアン・ジー監督も、「主人公がバイト先の店に立つ場面では、実際にその店で3日間働いてもらったんです。周囲との溶け込み方や彼女をよく観察した上で、カメラの位置を決めていきました」と語る。
『石門』©YGP-FILM
「母親が撮影中に突然、髪を剃ってしまいました」
あらすじだけで撮影を進めた両監督は、登場人物の性格や職業、生活習慣に合わせて物語を紡いでいった。大塚監督は「10ヶ月間、診療所で撮影を続けていると、とにかくいろんな変化が起きていました」と振り返る。
『石門』©YGP-FILM
また、ホアン・ジー監督の両親が経営する診療所での撮影で特に印象が強かったエピソードとして、大塚監督は思わぬハプニングにも臨機応変に対応したことを明かす。
母親の撮影を進めていたところ、突然髪を剃ってしまいました。理由を伺うと、実際にマルチ商法で販売しているヘアクリームにハマってしまったことがわかり、その影響で坊主頭にしてしまったようです。撮影した映像がもう繋がらなくなってしまい、当初はかつらを探していましたが、結果的にいいものが見つからなかったため、そのまま起こったことを脚本上に取り組んで撮影を続けていきました。
『石門』©YGP-FILM
演技経験ゼロの監督の実母が《最優秀女優賞》に輝く
金馬奬二冠受賞に輝いた『石門』には、もうひとつのサプライズがあった。多額の賠償金を背負いながら都会に出た娘の妊娠を見守る主人公リンの母親を演じたホアン・シャオションが、主演のヤオ・ホングイとともに香港国際映画祭で《最優秀女優賞》の栄誉に輝いたのだ。母娘の演技が審査員たちの目に留まり、ホアン・ジー監督の実の母であり、演技経験のない彼女の自然体の演技が高く評価されたのだろう。
『石門』©YGP-FILM
このたび解禁された場面写真は、リンの母親がマルチ商法の商品講習を受けているシーンを切り取ったもの。坊主頭の彼女は、怪しげな“活力クリーム”を売るマルチ商法にはまっている。診療所の事故で多額の賠償金を要求された彼女は、“活力クリームで稼いで返済しよう”と考えたのだというが……。
『石門』©YGP-FILM
第60回金馬獎《最優秀作品賞》《最優秀編集賞》2冠受賞作品『石門(せきもん)』は、2月28日(金)より新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開