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「ナチスひどい」だけじゃない“終わりなき加害の歴史”と向き合うための映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』

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ライター:#BANGER!!! 編集部
「ナチスひどい」だけじゃない“終わりなき加害の歴史”と向き合うための映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』
『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』© 2024 CG CINÉMA / HYPE STUDIOS / LUPA FILM / CG CINEMA INTERNATIONAL / BR / ARTE FRANCE CINEMA

映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』の衝撃

カンヌ国際映画祭で絶賛され、欧米の映画界・歴史学界に大きな衝撃を与えた映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』が、2月27日(金)より日本公開を迎える。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』© 2024 CG CINÉMA / HYPE STUDIOS / LUPA FILM / CG CINEMA INTERNATIONAL / BR / ARTE FRANCE CINEMA

ナチス戦犯の逃亡劇を描きながら、現代社会に潜む「悪の永続性」を冷酷に描き出した本作は、当然ながら単なる“歴史の復習”ではない。専門知識や国家権力が倫理を置き去りにしたとき、誰の中にも「死の天使」が宿りうるのだ。

本作の日本公開を前に、改めてメンゲレという人物の歴史的評価と、映画が提示した挑発的な問いを整理してみよう。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』© 2024 CG CINÉMA / HYPE STUDIOS / LUPA FILM / CG CINEMA INTERNATIONAL / BR / ARTE FRANCE CINEMA

「負の象徴」としてのヨーゼフ・メンゲレ

ドイツにおいてヨーゼフ・メンゲレは単なる一戦犯ではなく、医学の道徳的崩壊を象徴する“究極の負の象徴”とされている。かつて「死の天使」と呼ばれた彼は、冷酷な官僚のように囚人を選別し、双子を用いた非人道的な人体実験などを繰り返したことで悪名高い。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』© 2024 CG CINÉMA / HYPE STUDIOS / LUPA FILM / CG CINEMA INTERNATIONAL / BR / ARTE FRANCE CINEMA

ドイツ国内の歴史教育や学術的評価においても、メンゲレは「狂った個人」として片付けられることはない。むしろ、当時の医学界がいかに容易にナチズムに加担し、優生学という疑似科学を正当化していったかという、「システムの責任」を問う際の筆頭としても引用されてきた。

そんな彼が戦後も自らの罪を一切認めず、南米の地で自己正当化を続けながら生涯を終えた事実。それは、ドイツが現在進行形で向き合い続ける「過去の克服」における最大の棘(とげ)でもある。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』© 2024 CG CINÉMA / HYPE STUDIOS / LUPA FILM / CG CINEMA INTERNATIONAL / BR / ARTE FRANCE CINEMA

映画『死の天使』が描く“反省なき魂”の恐るべき肖像

キリル・セレブレンニコフ監督による映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』は、オリヴィエ・ゲーズの原作小説「ヨーゼフ・メンゲレの逃亡」(東京創元社・創元ライブラリ刊)が持つ冷徹な視点を、名優アウグスト・ディールの怪演によって「主観的な悪夢」へと変容させた。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』© 2024 CG CINÉMA / HYPE STUDIOS / LUPA FILM / CG CINEMA INTERNATIONAL / BR / ARTE FRANCE CINEMA

本作は時系列(ドイツ⇔南米)を頻繁に行き来するが、本編の8割がモノクロ映像のなか、あえてカラーで描かれる中盤の“ある回想シーン”はとくに衝撃的だ。あまりにショッキングな映像なので思わず身構えてしまうが、このシーンは“過去の悲劇を安全な距離から眺めている”という観客の意識をガツンと叩き壊す。モノクロの逃亡生活と鮮明すぎる虐殺の記憶の対比……それは、メンゲレの精神がいかに壊れ、同時にいかに確固たる“自己正義”に守られていたかをも浮き彫りにする。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』© 2024 CG CINÉMA / HYPE STUDIOS / LUPA FILM / CG CINEMA INTERNATIONAL / BR / ARTE FRANCE CINEMA

そんなメンゲレが長きにわたって逃げ延びることができたのは、彼を直接的・間接的に支えたネットワークがあってこそだった。本作は、周囲の“黙認と忘却”によって「悪」が培養されることを、相反するような映像美でもって描き出している。弾圧によってロシアを逃れた亡命者でもあるセレブレンニコフ監督は、この物語に単なる歴史劇以上の切実さを宿らせた。それは特定の国を断罪するためではなく、いま現在も行われている全ての組織的・構造的な差別や暴力を射程に収めている。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』© 2024 CG CINÉMA / HYPE STUDIOS / LUPA FILM / CG CINEMA INTERNATIONAL / BR / ARTE FRANCE CINEMA

私たちの「加害の歴史」と対峙すること

もちろん私たちも、この映画を「かつてどこかで行われた蛮行」として消費することはできない。医師が、科学が、国家の名の下に人道を捨て去った歴史は、日本にも存在するからだ。関東軍防疫給水部、いわゆる<731部隊>による凄惨な人体実験の数々である。

主に中国大陸で行われたそれらの行為は戦後、米国との取引(データの提供と引き換えの免責)によって、メンゲレ以上に徹底的に隠蔽・忘却されてきた。医師たちは戦後、日本の医学界や製薬業界の重鎮として復帰し、その責任が公的に厳しく問われる機会は極めて限定的だった。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』© 2024 CG CINÉMA / HYPE STUDIOS / LUPA FILM / CG CINEMA INTERNATIONAL / BR / ARTE FRANCE CINEMA

メンゲレを、ナチスを否定することは重要だが、それだけでは歴史の“忘却装置”の一部になってしまうのではないかという不安がよぎる。「反省なき加害者」であるメンゲレの視点は、今もなお十分に総括されていない医学的犯罪に対する内省を、私たちに強く促す。

『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』は2月27日(金)よりシネマート新宿、シネスイッチ銀座ほか全国公開

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『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』

第二次世界大戦終結後、アウシュヴィッツ強制収容所で“死の天使”と恐れられたSS医師ヨーゼフ・メンゲレは、連合国による戦犯追及を逃れ、ヨーロッパから姿を消した。

いくつもの偽名を使い分け、支援者の助けを得てイタリアへ渡ったメンゲレは、ナチ残党の地下ネットワークを通じて南米へと逃亡する。アルゼンチンのブエノスアイレスでは、ペロン政権下の混乱と黙認の空気の中、彼は比較的自由な生活を送り、同じ亡命者たちと交わりながら過去を否定し続ける。しかし、時代は移り変わる。

ナチ戦犯への国際的関心が高まるにつれ、彼の生活は次第に追い詰められていく。イスラエル諜報機関モサドによる捜索やアドルフ・アイヒマン逮捕・処刑の知らせが彼を怯えさせ、メンゲレはパラグアイ、さらにブラジルへと移動を重ねる。密林と辺境の地で彼は孤立を深め、身体の衰えと妄念に苛まれながらも、裁かれることなく歴史の影に潜み続ける――。

監督・脚本:キリル・セレブレン二コフ
出演:アウグスト・ディール マックス・ブレットシュナイダー デヴィッド・ルランド ほか

制作年: 2026