「加害者を“100%悪”と断じられる人はいない」観客を共犯者にする映画体験『殺人配信』濃厚解説&インタビュー
「刺激的な行動に走る配信者は韓国でも大きな社会問題になっている」
――この映画を観終えたとき、強い罪悪感が残りました。観客を共犯者にするような感覚は意図的に仕掛けたものですか。
はい、それは最初から意識していました。観客が「自分も共犯者になってしまった」と感じることを想定していたんです。最近は極端な生配信も多いですが、それを見る側にも責任や問題があるのではないか、という問いを作品に込めました。ですから、観終えたあとに罪悪感を抱いてくださったというのは、まさに狙い通りでした。
『殺人配信』© 2025 LOTTE ENTERTAINMENT & VERYGOODSTUDIO All Rights Reserved.
――配信者が体を壊しても病院に行かず、配信を続ける姿は、承認欲求に取り憑かれた人間のようにも見えます。SNSや配信文化における承認欲求について、どう考えていますか。
承認欲求は誰もが持っている根源的な欲求だと思います。正当な努力を経て何かを成し遂げ、その結果として認められることはまったく問題ありません。
しかし、生配信だけでその欲求を満たそうとすると、過程がなく、一時的な行動で注目を浴びたいという形になってしまう。すると配信者にも視聴者にも悪影響が及び、お互いを傷つけ合う状況になります。実際、刺激的な行動に走る人は増えており、韓国でも大きな社会問題になっていると感じています。
『殺人配信』© 2025 LOTTE ENTERTAINMENT & VERYGOODSTUDIO All Rights Reserved.
――刺激的なコンテンツを提示することで、逆に観客に悪影響を与えるのでは、という懸念はありませんでしたか。
正直、その点はあまり心配していませんでした。なぜなら、世の中にはすでに無数の強烈なコンテンツがあふれているからです。一本の映画が直接的に人を突き動かす可能性は低いと考えていました。
ただし、特定の人にとっては刺激になり得るかもしれない、という迷いはありました。ですから、倫理的責任を完全に無視することはできません。ただ、その責任感に縛られすぎて創作意欲が萎縮してしまうのも危険だと思っています。難しい問題です。
『殺人配信』© 2025 LOTTE ENTERTAINMENT & VERYGOODSTUDIO All Rights Reserved.
「カン・ハヌルは一度話した内容を別の言葉で組み立て直すことができる」
――作品のなかで「誰が加害者なのか」が曖昧に描かれています。一番の加害者は誰だと考えていますか。
表面的には実際に殺人を行った者が加害者に見えるでしょう。ただ、“100%悪”だと断じられる人はいません。観客の視点によっては「彼の行動は理解できる」と感じられるかもしれない。そうした揺らぎを残したかったんです。ですから、誰が悪かを一方的に決めつけるのではなく、観客自身に考えてもらう余地を残しました。
――配信文化そのものに対する考えを聞かせてください。韓国と海外で違いを感じますか。
私自身、海外の事情に精通しているわけではありません。ただ、アメリカなどでもYouTuberなどが問題を起こす事例は多く見聞きしています。つまり国を問わず、同じような問題は起きているのではないかと考えています。
配信という仕組みは基本的に一方向的で、視聴者の反応が行動をさらに過激にさせる。構造上どうしても暴走しやすいのだと思います。否定的な側面は国境を越えて共通している、と。
『殺人配信』© 2025 LOTTE ENTERTAINMENT & VERYGOODSTUDIO All Rights Reserved.
――演出面では長回しが多いのが印象的でした。意識しての選択ですか。
はい。サスペンスを高め、不安な気持ちを引き延ばすために長回しを多用しました。観客が「次に何が起こるんだろう」と思い続けてくれることを狙ったんです。
――俳優の演技についてもお聞かせください。セリフは即興が多かったのでしょうか?
多くの俳優は事前にセリフを固めてから臨みましたが、カン・ハヌルさんだけは違いました。テイクを重ねるなかで「今回はこう感じたから、こう言ってみたい」と自発的にセリフを変える。その即興性を私は尊重しました。
彼は非常に頭の回転が早く、一度話した内容を別の言葉で組み立て直すことができる。言葉の印象や醍醐味を大切にしながら、新しい表現を生み出してくれました。
『殺人配信』撮影メイキング © 2025 LOTTE ENTERTAINMENT & VERYGOODSTUDIO All Rights Reserved.
――特に苦労した撮影は?
中盤の追跡シーンです。韓国の「ヴィラ」と呼ばれる集合住宅の路地で撮影したのですが、2~3日で38テイクも重ねました。韓国では撮影時間に制限があり、1日最大12時間以内というルールがあります。そのため、まとめて長時間は撮れず、分割して挑まざるを得ませんでした。俳優たちの疲労も大きかったですが、その汗や息づかいが映像にリアルさを与えたと思います。
『殺人配信』© 2025 LOTTE ENTERTAINMENT & VERYGOODSTUDIO All Rights Reserved.
「作品を作り終えた瞬間から、解釈は観客に委ねられる」
――本作が長編デビュー作とのことですが、これまでのキャリアを教えてください。
最初はシナリオ作家として7~8年、活動しました。その後は生活のためにウェブ小説を書き、ミステリー作品をいくつか発表しています。ドラマ化された作品もあります(※『ジャスティス -復讐という名の正義-』[2019年])。そうした経験を経て、今回『殺人配信』を撮るに至りました。これまでの人生や努力がすべて影響していると感じています。
――映画監督を志したきっかけは?
――観客との信頼関係についてどう考えていますか。1995年の韓国映画『誰が俺を狂わせるか』を単館で観た体験です。作品そのものよりも、映画館の雰囲気に惹かれました。以来、映画を撮りたいと思うようになりました。影響を受けた監督としてはホ・ジノ監督の『八月のクリスマス』(1998年)、デヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』(1995年)、そして日本の岩井俊二監督や小津安二郎監督を挙げたいです。
私は「観客との信頼関係は存在しない」と思っています。10万人が観れば10万通りの映画が生まれるからです。否定的に受け取る人もいれば、人生最高の映画だと感じる人もいる。作品を作り終えた瞬間から解釈は観客に委ねられる。そういう意味で、私は観客を信頼するでもしないでもなく、ただ解釈の多様性を前提にしています。
――もしご自身が配信者になるとしたら、どんなチャンネルをやりたいですか。
釣りチャンネルや野球解説ですね。静かでのんびりしたことが好きなんです。
『殺人配信』撮影メイキング © 2025 LOTTE ENTERTAINMENT & VERYGOODSTUDIO All Rights Reserved.
『殺人配信』は、スリラーのフォーマットを取りながら、承認欲求と加害性という現代的テーマを突きつける。監督は「誰が加害者か」を決して一方的に断じず、観客に解釈を委ねる。その姿勢は「10万人が観れば10万通りの映画がある」という言葉に端的に表れている。
配信文化がもたらす暴走を描きつつ、観客自身の立場をも揺さぶる本作は、まさに“観ることの倫理”を体験させる映画だ。罪悪感とスリルが同時に残る、その後味こそが監督の狙いだったのだろう。
『殺人配信』は9月26日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
『殺人配信』
国内登録者数No.1を誇る犯罪チャンネルのストリーマー、ウサン。広告料を独占できるのは1位のみというプラットフォーム「WAG」で、未解決の犯罪事件を分析し圧倒的な人気を得ていたが、ある配信をきっかけに一瞬でどん底へと転落する。彼は1位の座を取り戻そうと、巷を騒がす、女性を狙った連続殺人鬼をリアルタイムで追跡する配信を開始。次々と手がかりを追いながら、殺人犯の正体に迫っていく。しかし、犯人が自身の配信を視聴していることを知ったことから、ウサンの配信は予想外の展開へと発展していくー。
監督・脚本:チョ・ジャンホ
出演:カン・ハヌル ハ・ソユン カン・ハギョン ハ・ヒョンス
| 制作年: | 2025 |
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2025年9月26日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開