便乗セラピストが生んだ第2、第3のミシェルと冤罪事件
パズダー医師にしてみれば、悪魔崇拝を滅すべきカルトと糾弾すれば自身は“儀式虐待研究の権威”となり、世間の不安を煽れば煽るほど“本が売れる”のだから、当然の振る舞いとは言えるかもしれない。しかしさらなる問題は、サタニック・パニックに便乗して名を売ろうという自称セラピストがウヨウヨと湧き出てきたことだった。
『サタンがおまえを待っている』© 666 Films Inc.
その“作られたパニック”に、メディアが乗っかった。人気トークショーやニュース番組が悪魔崇拝について繰り返しセンセーショナルに報じ、さらに“第2のミシェルたち”の声を大真面目に拾い上げたことで、冤罪事件や家族の崩壊を招くこともあった。
『サタンがおまえを待っている』© 666 Films Inc.
とくに、子供たちの(誘導された)証言によって逮捕された保育士の涙ながらの訴えには戦慄させられる。作中では触れられないが、悪名高い冤罪疑惑事件<ウェスト・メンフィス3>の遠因とも言えるかもしれない。
『サタンがおまえを待っている』© 666 Films Inc.
不気味な既視感……再び“陰謀と妄想”に陥る世界
当時の“儀式虐待カミングアウト騒動”の異様さを改めて映像で見ると、ターゲットを変えて現在も某陰謀論界隈で繰り広げられているレトリックとの構造的な類似性に気づかされる。誰もが知る真実よりも、それを覆す“物語”を信じたい人々がいるのだ。そして“ただしいひとたち”が妄想で作り上げた悪魔的儀式の内容は、思わず失笑してしまう凶々しさだったりする。
『サタンがおまえを待っている』© 666 Films Inc.
そんな悪魔崇拝者が行っているとされた残虐非道な儀式の数々に、世界はパニックに陥った。当時を知る人は、いま再び盛り上がりつつつある荒唐無稽な陰謀論に「またか……」とうなだれる。ならば今、この瞬間にもリアルタイムで届けられる幼児や妊婦、老人への無差別な射殺・爆殺・飢餓・拷問の鮮明な映像には、なぜ多くの人が目を背けられるのかと考えずにはいられない。
『サタンがおまえを待っている』© 666 Films Inc.
悪魔も呆れて天を仰ぐであろう、ごく私的な願望、あるいはカネや権力のための茶番劇。そして、無責任なデマを訂正するための莫大な労力。だからこそ薄ら寒く恐ろしい、イミテーションの皿をひっくり返して人間性の底を見せつけられるようなドキュメンタリーだ。
『サタンがおまえを待っている』は8月8日(金)より全国公開中