• BANGER!!! トップ
  • >
  • 映画
  • >
  • 「鑑賞後の気分は最低」なのに傑作!少女の心の傷を描き出す『MELT メルト』濃厚レビュー&インタビュー

「鑑賞後の気分は最低」なのに傑作!少女の心の傷を描き出す『MELT メルト』濃厚レビュー&インタビュー

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook
「鑑賞後の気分は最低」なのに傑作!少女の心の傷を描き出す『MELT メルト』濃厚レビュー&インタビュー
『MELT メルト』©Savage Film - PRPL - Versus Production-2023
1 2

「観客にホッとしてほしい。すべての想いが折り重なってたどり着く結末に」

――本作、楽しんで拝見しました……と言ったら語弊がありますが、これまで経験したことのないほど“くらい”ました。原作はありますが、映画『MELT メルト』には映像独特の、心の傷が膿んでいく様が描かれていましたね。

フィーラ・バーテンス監督:瓶に閉じ込めていた幽霊は、蓋を開けたことで元には戻せない。パンドラの箱もそうですよね? 本作での幽霊は過去のトラウマなんですが、人はそれを“語る”ことで折り合いをつけると、私は考えています。

しかし、エヴァにはそれができるような強さはなく、ただ黙って耐えることしかできない。そこで私は考えたんです。「トラウマの解放はパズルではないか?」と。つまり、彼女が閉じこもっている檻を開けるピース……それがヤンの追悼式の招待状です。これがピタリと、パズルの最後の一片としてはまってしまい、後戻りができなくなってしまう。そしてエヴァは、自分の心に突き刺された短剣を、過去に関わったすべての人に突き刺していく。

フィーラ・バーテンス監督 『MELT メルト』©Savage Film – PRPL – Versus Production-2023

――過去のエヴァを知る人々は、彼女に起こったことを“なかったこと”にしていますよね?

はい。だからエヴァは、自分がそうであったように、過去の傷を自分とともに皆にも刻みたいと考えています。劇中の歌にもありますよね。「自分の体がなくなっても、“遺る”」と。復讐劇としては、とても美しいと私は考えています。

――結局、関係者全員の瓶に“幽霊”を閉じ込めた形ですね。具体的な復讐場面は原作では描かれていません。映像化に踏み切ったのはなぜでしょうか?

エヴァのように言葉を持たない人々に、声を与えたかったんです。過去に傷を抱えた人々は、その傷に追われ、抗い、葛藤する日々を過ごし、社会的機能不全に陥っています。エヴァはその中で、内側から自分を食い潰していってしまう。そして中身がない、虚ろな人になってしまうんです。エヴァのような人たちは少なくはないのに、私たちは彼らのことを本当に理解していないと思いませんか?

――語ることで、何かが得られると?

はい。誰かが言っていたのですが、“痛みや悲しみは、沈黙するよりも人に語り、知ってもらうことが大切”なんだそうです。黙っていては誰の目にもとまることなく、自分で自分を追い込んでいくことになりますからね。でも、声を上げることは大変勇気のいることだと思います。だから、内側で起きていることを外側に出す。それが『MELT メルト』で、私が挑戦したかったことの一つです。

『MELT メルト』©Savage Film – PRPL – Versus Production-2023

――エヴァは語ることで、痛みにまみれた儚い存在へと変わっていきますが、彼女が解放されていく様がとても美しく感じました。監督はエヴァを客観的に見て描いたのでしょうか? それとも思い入れがありましたか?

彼女には共感しかないです! 現代社会は“成功”とか“成長”とか、困難や危機を前提とし、そこで求められる“耐える力”や“立ち直りの姿勢”(Resilience)がしばしば理想像とされます。でも、エヴァはそういった力を持ち合わせていない。もしかしたら、彼女のような人の方が多いかもしれない。そんな中で本作をどう終わらせていくのか、かなり模索しました。結末は決めていましたが、「どう見せるか?」ですよね。幼少時代と現代とをモンタージュで重ねていく中で、エヴァが解き放たれていく(redeem herself)ような見せ方をしました。

――しかし、彼女の最後の行為は……

そう。彼女の選択は、いつの時代も是とはされません。でも、私は彼女の最後の行為を見て、観客にホッとしてほしいんです。すべての思いが折り重なってたどり着く、ほろ苦い終わり方として。私たちはエヴァと邂逅できた。彼女の思いを知った。それが美しいと思ってくれたなら嬉しいです。

――結局、私も瓶に幽霊を詰めてしまったわけですが……

それでいいと思います。後半、踊っている幼き日のエヴァと、涙を浮かべた現在のエヴァが目を合わせるようなトリックを使っています。お互いに起こったこと、これからすること。それをわかり合えたことを表現しています。何かが許されたりするわけじゃない。何かが解決するわけじゃない。ただ、エヴァ自身も観客も、過去とわかり合えた。それだけで十分だと思います。

『MELT メルト』©Savage Film – PRPL – Versus Production-2023

「夢中で脚本を書き上げ、ふと思った。“これ、撮らないといけないんだ…”」

――暖かい少女時代は冷たく、冷たい現在は熱くなっていくクロスフェードが素晴らしいですね。映像の温度感もフレーミングもまったく違うのですが、とてもシームレスです。

おっしゃるとおり、クロスフェードのように制作しました。少女時代は夏、現代は冬という設定でもあります。夏ってとても開放的ですし、希望を感じますよね。それに合わせてフレーミングもワイドにしていて、エヴァだけでなく、周囲の景観や人々も映り込むようにしています。一方、現在はエヴァのクローズショットをメインに据えました。つまり、現在のエヴァは視野が狭く、希望がない状態を表現しました。しかし、それが後半に従って逆になっていく。でも、あまり強いコントラストはつけないように努めました。

――たしかに、季節感も物語の雰囲気に役立っていますね。

ええ。そして、冬の後には春がきます。氷が溶けて……エヴァにも春が来るんです。この物語は決して暗いだけではないんです。

『MELT メルト』©Savage Film – PRPL – Versus Production-2023

――さて、最後に伺いたいのは、幼少期のエヴァを演じたローザ・マーチャントさんについてです。かなりセンシティブな描写がありますが、どのように演技指導されたのでしょうか?

自分で夢中になって脚本を書き上げて、ふと思ったんです。「これ、撮らないといけないんだ……」って(笑)。原作者のリゼ・スピットも何回か現場に来てくれたのですが、彼女自身も「私、こんなこと書いたっけ?」と言ってました。エヴァは13歳の役ですが、ローザの実年齢は16歳だったんです。だから少し大人びていて。しかも、元々原作の大ファンで、リゼとも面識があったんですよ。オーディションの前の話ですよ? さらに心臓の持病があって、若いながらも苦労している子で、自己表現に長けていました。

――とても16歳には見えませんでした……。

そうなんです。本人には失礼なんですが、精神的に成熟しつつも幼く見えるローザは、エヴァ役にピッタリでした。もちろんティムもラウレンスもそうです。演技指導については、オーディションの段階から心理セラピストに参加してもらいました。子供たちには一緒の家で生活してもらい、互いを知る時間を十分に設けて、ハードな撮影の後は一緒にゲームをしたり、おしゃべりしたりするクールダウンの時間を作りました。演技の記憶よりも、皆と楽しく遊んだ記憶が残るようにね。

『MELT メルト』©Savage Film – PRPL – Versus Production-2023

――撮影そのものはいかがでしたか?

暴力シーンはファイトコーディネーターにお願いしていて、当然、物理的な衝撃は与えず、足を揺らしたり、体を揺すったりして撮影しています。また、イヤモニをずっとつけて、「今どんな状態を撮影しているのか?」をディレクションしました。ローザは原作のファンなので、セクシャルな場面があることは知っていましたが、彼女の中で現実と撮影で行ったことを結びつけてほしくなかったんです。

――皆さん、撮影を通じて精神的に成熟されたのでは?

大事なのはアフターケアですよね。いまだにみんな仲良しみたいで、お泊まり会とかしているみたいですよ。人にもよると思いますが、やはり表現するという行為は、成長につながると思います。ラウレンス役のマティエスは、最初は少し頼りなかったのですが、中盤からは堂々とした態度になりました。演技は、人とどうつながっていくのかが大事ですからね。次作では14歳の俳優と撮影したんです。楽しみに待っていてください。

フィーラ・バーテンス監督『MELT メルト』©Savage Film – PRPL – Versus Production-2023

『MELTメルト』は7月25日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開

1 2
Share On
  • Twitter
  • LINE
  • Facebook

『MELTメルト』

ブリュッセルでカメラマン助手の仕事をしているエヴァは、恋人も親しい友人もなく、両親とは長らく絶縁している孤独な女性。そんなエヴァのもとに一通のメッセージが届く。幼少期に不慮の死を遂げた少年ヤンの追悼イベントが催されるというのだ。そのメッセージによって13歳の時に負ったトラウマを呼び覚まされたエヴァは、謎めいた大きな氷の塊を車に積み、故郷の田舎の村へと向かう。それは自らを苦しめてきた過去と対峙し、すべてを終わらせるための復讐計画の始まりだった……。

監督:フィーラ・バーテンス
脚本:フィーラ・バーテンス、マーテン・ロイクス
原作:リゼ・スピット(「The Melting(原題)」)

出演:シャーロット・デ・ブリュイヌ、ローザ・マーチャント ほか

制作年: 2023