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「インドには60年続く新聞漫画がある」「社会問題は風刺で描く」映画『マーヴィーラン 伝説の勇者』特濃インタビュー

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ライター:#安宅直子
「インドには60年続く新聞漫画がある」「社会問題は風刺で描く」映画『マーヴィーラン 伝説の勇者』特濃インタビュー
『マーヴィーラン 伝説の勇者』©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.
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『マーヴィーラン 伝説の勇者』監督が語る制作秘話

7月11日(金)より公開される映画『マーヴィーラン 伝説の勇者』(以下『マーヴィーラン』)は、タミル語映画界の人気俳優シヴァカールティケーヤンを主役にした異色のファンタジー映画。

監督は、長編デビュー作『マンデラ』(2021年)がインド国家映画賞の2部門(デビュー監督賞、最優秀脚本賞)で受賞という快挙を成し遂げた(※1)気鋭の新進マドーン・アシュヴィン。『マーヴィーラン』はそれに続く長編第2作目だ。

『マーヴィーラン 伝説の勇者』©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.

1987年にタミルナードゥ州の、そしてインドの最南端であるカンニヤークマリに生まれ、現在37歳のマドーン・アシュウィン監督にオンラインで話をうかがった。

※1:長編劇映画を撮り始める前には7本の短編映画を手掛けており、そのうちのひとつ『Dharman』(2012年/未)では、2013年の国家映画賞短編映画部門で特別賞を受賞している。

マドーン・アシュヴィン監督 『マーヴィーラン 伝説の勇者』©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.

「“スーパーヒーロー”のトレンドを意識して作ったのではありません」

――本作ではシヴァカールティケーヤンをフィーチャーし、初めてスターが主演する映画を撮ったわけですが、あなたにとってこれまでの映画製作と違う点はありましたか?

本作の前に手掛けた長編劇映画は『マンデラ』だけでした。だから『マーヴィーラン』製作開始時点で、まだ1作分の経験しかなくて……。『マンデラ』の主演はヨーギ・バーブ、コメディアンでした。今回の『マーヴィーラン』は、新しいステップでした。1作目での試行錯誤の後に、2作目のチャンスが巡ってきたんです。正直なところ、スター俳優をどう扱い、ヒーロー映画をどう作るか、まだよく分かっていませんでした。

でもシヴァカールティケーヤンは本当に気さくで、スター風を一切吹かせない人だったので、とてもやりやすかったです。また新たにデビュー作品を撮っているような感覚でした。自由に作りたいものを作れる裁量権がありましたが、実際に撮影をしていく中でスター俳優と大作映画に携わっていることを実感しました。製作陣もヒーローも、脚本の流れをよく理解してくれて、みんなで一丸となって作品に取り組めました。それもまた学びの経験でした。

そして今、第3作目で別の大物俳優と組むことになったのですが(※2)、まだどうすればいいか分かりません。でも、現場でなんとかするつもりです。

※2:『PS』2部作(2022年/2023年)などで知られるヴィクラムとのコラボレーションが発表されている。

『マーヴィーラン 伝説の勇者』©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.

――近年のインドでは「スーパーヒーロー映画」が増えて、ヒット作が何本も出ていると観察しています。『マーヴィーラン』もその系譜に連なるものでしょうか。従来の社会派映画ならば、むしろサティヤの父親を主人公にしたのではないかと思えるので。臆病な若者がヒロイックな行いをするというストーリーラインを着想した経緯について教えてください。

トレンドを意識して本作を作ったのではありません。「特定の状況に置かれたときに1人の男がどう行動するか」というアイデアの閃きから始まったんです。本作を、昨今作られているような典型的なスーパーヒーロー映画と呼ぶのは正確ではありません。構想の時点では、単なるファンタジー映画のつもりでした。「臆病者がヒーローになろうと望んでも手だてがなく、語り手がある物語を語るけれども主人公はそれが気に入らず、全く別の話を望んでいる」という設定です。

しかし主人公には他の選択肢がなく、語られる物語の中にいるしかない。これはまるで、神が私たちに次に何が起こるかを告げているような状況です。私たちには従う以外に選択肢がなく、与えられたことをするしかない。私が神を信じていると言っているわけではなく、あくまで比喩ですが。この非常におもしろいハイコンセプトから製作が始まりました。

『マーヴィーラン 伝説の勇者』©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.

参考にした作品もありました。『主人公は僕だった』(アメリカ:2006年)や『OBER(原題)』 (オランダ:2006年/未)など、主人公と語り手が映画内に存在する作品です。私の考えは、語り手を画面に登場させるのではなく、ただの声として表現し、語らせることでした。これが出発点での基本コンセプトでした。

脚本を完成させたとき、私はスーパーヒーロー誕生の物語を作っていたことに気づきました。ファンタジーとして始まった脚本が、スーパーヒーロー誕生の物語になり、普通のスーパーヒーロー映画よりもずっと深く現実に根差したものになったのは幸運でした。ですから、一般的なトレンドとはその点で異なり、私の観点からは全く別ものです。このような形で作品を撮れたことを嬉しく思っています。

『マーヴィーラン 伝説の勇者』©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.

「主人公=漫画家として落ち着くまでには多くの選択肢がありました」

――主人公が理系技術者でもなく、肉体労働者でもなく、文学・芸術の分野の人であるというのは昨今の南インドの映画では珍しいことではないでしょうか。なぜそういう設定にしたのですか?

先ほども言ったように、このアイデアは主人公が語り手から自分自身の物語を聞くというものでした。そして、彼が非常に勇敢な人物になるためには、最初は気弱である必要があります。そうして臆病者が英雄になる一部始終が語られる物語になりました。そこで必然的に、主人公がフィクションを書くストーリーテラーになりました。

彼は『マーヴィーラン』というヒーローが人々を救う架空の物語を書きますが、現実の彼は勇者ではありません。彼はフィクションを書きながら、その中で偽りの人生を生きており、現実では自ら立ち上がることのない人物です。これが脚本を書く上での土台でした。

『マーヴィーラン 伝説の勇者』©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.

最終的に主人公=漫画家として落ち着くまでには多くの選択肢がありました。ナレーションは何かを語る声として降りてくる必要がありますが、たとえば小説だと非常に長い文章になります。映画でそれを表現するのは難しく、ナレーションは必要ですが、文章は非常に短く簡潔でなければならない。そこで思いついたのが漫画という形式です。

ナレーターが何かを語る吹き出しの説明は非常に小さなもので、2~4語しか入りません。これは私にとって非常に都合のいいもので、ストーリーテリングもナレーションも短くすることができます。また、これを主人公が描くというのは非常にメタ的でもあります。こうしてすべてがフィットしたので、漫画作家という設定を選んだのです。

『マーヴィーラン 伝説の勇者』©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.

――主人公に聞こえる“声”は、映画の中で観客に聞こえる声としては時々省略されることがありますが、たとえば船の上での戦いの場面でも、主人公には聞こえていたのでしょうか?

はい、彼はその声を聞いていました。実際のところは、この場面での“声”の省略は後から決めたことで、最初からではありません。とにかくこれは映画で、劇場でサウンドエフェクトなどと一緒に観るものですから、声がずっと続くと観客にとっては少し疲れるんです。特にドルビーアトモスの場合、ほとんどすべての音声が上部チャンネルから聞こえるため「パンドラ効果」(※3)のように感じられ、長い作品の中だと疲れてしまいます。

私たちは“声”が加わるものとして撮影を始めましたが、ボート上の戦闘シーンでは、主人公の戦い方から明らかに「声を聞いている」と理解できるだろうと考えました。ですので、これは後から編集段階で決めたことだったんです。

※3:ここでは「封じられた真実の暴露」という意味で使っているようだ。

『マーヴィーラン 伝説の勇者』©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.

――結局“あの声”は何だったのかと質問されることはありますか? どう答えていますか?

それには答えないことにしています。多くの人が「あれは何なのか」と聞いてきますが、要するに彼自身の声なのか、それとも何らかの幻の声なのか、あるいは彼の父親の声なのか。もし父親の声だとしたら、これはホラーになってしまい、もうファンタジーではありません。ですから、“声”の正体が何なのか、何か別の存在の声なのか、観客が映画を見たときの感じ方次第で自由に解釈してほしいと思います。明確に答える必要はないし、具体的に何かを指し示すつもりもありません。

『マーヴィーラン 伝説の勇者』©2024 Shanthi Talkies. All Rights Reserved.

次ページ:作中の漫画は実在する!社会問題とエンタメを両立?
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『マーヴィーラン 伝説の勇者』

タミル語映画界のスーパースター、シヴァカールティケーヤンが叫び、抗い、<覚醒>する!

新聞の長期連載漫画「マーヴィーラン」の作者であるサティヤ。気弱な彼は、ゴーストライターとしての立場に甘んじるばかりか、人一倍負けん気の強い母イーシュワリの起こす騒動を収めるのに必死の毎日。そんなある日、住居のある地域一帯が開発対象となり、立ち退きを余儀なくされてしまう。新たな住処として提供された新築の高層マンションに一時は浮かれる一家だったが、そこは恐ろしい手抜き工事の元に建てられた「欠陥住宅」だった!

人を人とも思わない悪徳政治家ジェヤコディ一派が仕切る新築マンションの増築と開発。やがて彼ら一味の魔の手がサティヤの年頃の妹ラージに迫り、彼は意を決して立ち向かうが、すげなく返り討ちに遭ってしまう。自らが描き続ける“マーヴィーラン=偉大なる勇者”との姿のギャップに、屋上から絶望の淵を覗き込んだその後ー奇跡的に生還したサティヤの耳元で、勇壮な「声」が鳴り響くようになる。その声はサティヤを「勇者」と呼び、ジェヤコディを「死神」と呼ぶのだった。「声」の通りに行動すると、ジェヤコディの悪辣な顔が暴かれていくが、波風を立てるのが大嫌いなサティヤは「勇者」の立場を放棄すべく必死の抵抗に打って出る。果たしてサティヤは、真の「マーヴィーラン」として、民衆を苦しめる巨悪に立ち向かうことができるのか!?

監督・脚本:マドーン・アシュヴィン
出演:シヴァカールティケーヤン、アディティ・シャンカル、ミシュキン、スニール、ヨーギ・バーブ

制作年: 2024