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「兄弟の関係性を超えた愛」「感情の収まりがつかない」ジャック・タン&ジン監督が『ブラザー 富都のふたり』を語る

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「兄弟の関係性を超えた愛」「感情の収まりがつかない」ジャック・タン&ジン監督が『ブラザー 富都のふたり』を語る
ジャック・タン、ジン・オング監督 『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
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ジン監督「“食べること”が、いかに人間にとって重要であるか」

――一方で兄弟がふざけあうシーンには非常に自由な雰囲気が流れている感じがして、即興演技やアドリブもあったんじゃないかなと想像もしました。

ジャック:アドリブは結構ありました! たとえば、兄弟がマニーさん(タン・キムワン)と3人で食事をするシーン。どういう意図でこのシーンを撮るのか、どういうシーンにしたいのかという大体のテーマだけ監督が説明してくれて、それ以外は3人のアドリブで進められました。唯一、おでこにゆで卵をぶつけて、マニーさんが“痛くないの?”と訊ねる台詞、それだけは脚本にありました。

――そしてマニーさんのおでこにもゆで卵をぶつけるシーンも?

ジャック:それも僕のアドリブです(笑)。そこでマニーさんも“何すんのよ”と応じるように、そこでは即興でのやりとりが結構、ありました。

『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』

――私が心に残ったシーンのひとつに、アバンが刑務所でお坊さんと面会したとき「もうこれ以上、生きたくない」と絶望の感情を露わにした後、刑務所の看守に「命ある限り、生きなきゃいけない」と告げられて、それまで手を付けなかった食事をようやく食べる。それは、アバンの胸中で何かが変化したからこそと感じられたわけですが、そうして振り返ると映画には料理するシーン、食事するシーン、そしてもちろんゆで卵のシーンと、食にまつわる描写が散りばめられていて。「食べることは、生きること」という言葉もありますが、ジン監督は“食べる”という行為について、どのようにお考えですか?

ジン:最初、アバンはお坊さんに対して自分の心の裡に溜まっていた世の中への怒りや不平をぶちまけます。なぜ俺がこういう悲惨な環境の中で生きなくてはならないのか。そんな怒りの感情が、看守の「命ある限り、生きなきゃいけない」と言う言葉を得て、自分の心に抱えていた恐怖を受け容れることで、食べるという行為に繋がっていったわけです。

撮影メイキング 『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』

それまでは何も食べず、まるで社会を拒絶していたけれど、その時アバンは、こういうふうに抵抗したところでもはや無駄だと察し、残りの命を生き直そうと考え直したわけです。それは彼にとって人生の転換点になりました。たとえ残り短い、人生の終わりが見えていたとしても、そこにアバンの変化がありました。「民以食為天(民は食を以て天と成す)」という中国の諺の通り、食べることはいかに人間にとって重要であるかということを表しています。

そしてもうひとつ別の意図もあって、看守はアバンにとって人生の最期に温かさを与えてくれた唯一の人だったということです。だから彼の存在は、この映画にとってとても重要です。

撮影メイキング 『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』

ジャック「アディを演じるにあたって、つねにリラックスできていない状態でいようと」

――アバンとアディがバイクの二人乗りで富都の市場を行き交うシーンは、スラム街だからこその活気や熱気が感じられ魅力的でしたが、富都でのロケ撮影についてはいかがですか?

ジン:富都はクアラルンプールの中心部にある非常に古いコミュニティです。その中に、海鮮や肉を売る市場があって、それを取り囲むように高層ビルが立ち塞がっているのですが、どのビルも老朽化して、どんな人が住んでいるかすら分からない。けれど、私はこの光景が好きで、だからロケ撮影をしました。プドゥは中国語で「富都」と書きますが、そこには“富”はありません。貧しい人たちが富のない暮らしを送っているのが“富の都”というのは皮肉なことですね。

『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』

――最後にジャックさんへ。前半と後半でガラッと表情が変わり、目の色も見違えるアディを演じるにあたって、そして実際お会いしてみるとまた異なる表情をされていて。その変化を表現するために心掛けたことがあれば教えていただけますか?

ジャック:演技をするうえで、僕が一番大切にしたいのは、その人物が心身ともにどのような状態に置かれているかということです。アディを演じるにあたっては、つねにリラックスできていない状態でいようと考えました。

ほかの映画なら、ここでちょっと息を抜いたほうがこの先いい演技ができるってこともあるけれど、この映画ではそれをしちゃいけないと僕は思ったんです。というのも、実際に富都で生活している人たちというのは、絶えず何かに怯えながら一生懸命、緊張した状態の中を生きているわけですよね。僕もその状態を保ち続けることで、アディに近づけると集中しました。

撮影メイキング 『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』

だから気分的にもずっと休めず、映画をご覧になっていただければ分かると思うんですが、顔の肌荒れもひどかった。それぐらいの緊張感を持って演じたつもりです。そして先ほど仰った表情や目つきが前半と後半で見違えるというのは、それはこの映画が順撮りだったからです。撮影が進むにつれ、アディ自身の変化が僕の表現にうまくマッチしていったというわけです。

――刑務所に入ったアバンが次第に痩せていくのも、順撮りだったからこそ?

ジン:そうです。だからウー・カンレンさんは刑務所のシーンになってから、かなり食事制限をしていました。

――とても恵まれた撮影期間だったんですね。

ジャック:はい、俳優にとってすごく助けになりました。

撮影メイキング 『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』

<インタビュアー:増田統>

『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』はヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国順次公開

配給:リアリーライクフィルムズ

コピーライト:©2023 COPYRIGHT. ALL RIGHTS RESERVED BY MORE ENTERTAINMENT SDN BHD / ReallyLikeFilms

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『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』

マレーシア・クアラルンプールの富都(プドゥ)地区にある荒廃したスラム街。この地域には不法滞在者2世とも言える人々や、様々な国籍・背景を持つ貧困層の人々が多く暮らしている。その場所で、身分証明書(ID)を与えられず、過酷な生活を強いられ生きてきた兄アバンと弟アディ。アバンは聾唖(ろうあ)というハンディを抱えながらも、市場の日雇いで堅実に生計を立てているが、アディは簡単に現金が手に入る裏社会と繋がっていて、彼の行動は常に危険と隣り合わせだ。そんなある日、実父の所在が判明したアディにはID発行の可能性が出てきた。しかしある事件がきっかけとなって、二人の未来に重く暗い影が忍び寄る。

監督:ジン・オング
出演:ウー・カンレン ジャック・タン ほか

制作年: 2024