「密告すれば命は助けてやる」ナチスに協力した“実在の女性”を描く『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』
年老いたステラの“最期の行動”とは?
自分が迫害される側であることを身を持って自覚したステラの姿からは、ユダヤ人でさえなければ、この出自のせいで……という自己嫌悪にすら陥ったのではないかとも思わせる。わずか二十歳前後の女性が虐殺を逃れる手段など、他に何が考えられようか? ゲシュタポから凄まじい拷問を受け血塗れになるシーンなどを観ると擁護したくもなるし、特権を得たことで羽振りがよくなっていく姿からは彼女の心が完全に死んでしまったのではとも受け取れる。
本作は終戦後、ステラが裁判にかけられる様子までを描く。法廷での彼女は後悔しているようには見えないが、内心はどうだったのだろうか。実際、少なくないホロコーストサバイバーが彼女に激しい憎しみの言葉を投げかけたというが、かつて自らに向けられた殺意を裏切り者とはいえ同胞にぶつけるという極限の心境を、私たちが軽々しく慮ることはできない。映画の最後の最後に、彼女の晩年の行動が示唆される。
『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』© 2023 LETTERBOX FILMPRODUKTION / SevenPictures Film / Real Film Berlin / Amalia
パウラ・ベーアの息を呑む熱演に拍手!
ステラを演じるのは『水を抱く女』(2021年)で欧州の映画祭を席巻したパウラ・ベーア。まさに男子たちの憧れのアイドルであったというのも納得の美貌を誇るステラの、人間としてのギリギリの尊厳と次第に歪んでいく内面を見事に表現している。色んな意味で困難だったであろうこの役を引き受けたベーアには素直に拍手を贈りたい。
『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』© 2023 LETTERBOX FILMPRODUKTION / SevenPictures Film / Real Film Berlin / Amalia
本作はステラ個人のドラマだけでなく当時のユダヤ人を取り巻く状況を描き、集団虐殺や民族浄化といった凶行がまかり通ってしまう社会の歪みをこそ伝える作品である。現在もさまざまな国で起こってしまっている国家レベルの悪辣な迫害行為や我々の無関心=間接的な幇助について考えざるをえないし、政府に大きな影響力を持った世界5指の大富豪がナチス式敬礼(と見紛うポーズ)をかましてしまう今こそ改めて議論するべきだろう。
『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』は2025年2月7日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開
『ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』
理想的なアーリア人のルックス-ブロンドヘアと青い瞳をもつユダヤ人、それがステラ。少女のときから美貌を誇り、溺愛されながら育った。ベルリンで長く暮らす一家はナチの騒動を楽観視していたが、ユダヤ人一掃は現実になる。両親の収容所送りを免れるため、ゲシュタポからの許可書と銃を持ち、ベルリン在住のユダヤ人を容赦なく摘発していく彼女は、同胞を裏切る悪魔なのか、歴史に翻弄されただけなのか。ブロンドの誘惑するローレライと呼ばれた美女の、衝撃の実話。
監督:キリアン・リートホーフ『ぼくは君たちを憎まないことにした』
脚本:キリアン・リートホーフ、 マルク・ブルーバウム、ヤン・ブラーレン
出演:パウラ・ベーア『水を抱く女』、 ヤニス・ニーヴーナー『コリーニ事件』
制作年: | 2023 |
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2025年2月7日(金)より新宿武蔵野館ほか全国公開