ウー・カンレン&ジャック・タンの存在感に魅了される
全キャストが素晴らしい本作だが、とくに聾唖(ろうあ)の兄アバン役を演じた台湾のスター、ウー・カンレン(呉慷仁)の圧巻の演技には魂を揺さぶられる。アジア映画ファンであればカンレンの顔は何度か見ているはずだが、作品毎に役作りで豪快に太ったり痩せたり、本作では浅黒く日焼けもしているのではじめは気付かない人もいるかもしれない。言語の壁を手話の修練と見事な表情演技でクリアし、プレーンなルックスにもかかわらずどのシーンでも強い印象を残す。金馬奨(中華圏最大級の映画賞)受賞も納得の存在感だ。
『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
そんなカンレン=アバンとは対象的な弟アディを演じたのは、マレーシアのスター俳優ジャック・タン(陳哲耀)。無軌道な行為で取り返しのつかない事態を招いてしまうアディだが、社会から疎外されてきた若者らしい行き場のない怒りと悲しみを等身大で表現していて、彼もまた多くの助演男優賞を受賞している。本作の監督ジン・オングとは10代の頃からの付き合いだそうで、俳優としての道を示してくれたメンター的存在でもあるようだ。
『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
また、アバンとアディの育ての親として2人を子供の頃から形で支えてきたトランスジェンダーのマニーを演じたタン・キムワンをはじめ、社会の底辺に生きる人々に寄り添い献身的にサポートするジアエンを演じたセレーン・リム、アバンに報われることのない思慕を寄せるご近所さんのミャンマー人シャオスーを演じたエイプリル・チャンなど、2人を支える俳優たちの抑制の効いた演技も印象深い。
『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
ベテラン映画人にして新人監督、社会的弱者にスポットを当ててきたジン・オング
本作は、社会派作品のプロデューサーとして国際的な評価を獲得してきたジン・オングが、初めて自ら監督・脚本を手掛けた長編デビュー作でもある。これまで彼は、妻の死をきっかけに55歳でトランスジェンダーとして生きる主人公を描いた『ミス・アンディ』(※2020年大阪アジアン映画祭にて上映)、シルヴィア・チャンが末娘の死で精神に異常をきたすシングルマザーを演じた『分貝人生 Shuttle Life』などの秀作に携わってきた。
「アン・リー監督を尊敬している」というオング監督だけに、登場人物たちの心理状態を静かに繊細に描きながらも強固なメッセージを表出させる手法で、初監督作品とは思えない完成度を持つ。なおプロデューサーに名を連ねているアンジェリカ・リーは、香港・タイほか合作のホラー『the EYE 【アイ】』(02)の主演で知られ、オキサイド・パン監督の妻でもあるマレーシアの著名な俳優・歌手。
ジン・オング監督 『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
――本作は物語の中盤に大きな衝撃=ターニングポイントをもうけ、その後の変化と結末をじっくりと、決して説明過多に陥らずに見せる。カンレン演じるアバンが涙ながらに心の底を僧侶にぶちまける終盤のシーンは、あまりの熱演に観客の涙腺の反応がワンテンポ遅れてしまいそうなほどだ。決して甘くないヘビーな人間ドラマだが、本編終了直後からさまざまなシーンが反芻され、エンドロールのあいだも涙が止まらない。そして二度、三度と鑑賞したくなる、アジア映画史に名を刻む傑作である。
『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
『Brotherブラザー 富都(プドゥ)のふたり』は2025年1月31日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、テアトル梅田ほか公開