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介護する人も、される人も「役者」になれる!『OiBokkeShi 99歳の看板俳優』が遺した、老いを生き切るための演技論

介護する人も、される人も「役者」になれる!『OiBokkeShi 99歳の看板俳優』が遺した、老いを生き切るための演技論
© 映画「OiBokkeShi 99歳の看板俳優」製作委員会(KSB瀬戸内海放送・一般社団法人ベンチ)
100歳の舞台を目前に逝った岡田忠雄さんの10年は、人生100年時代の「役割の空白」を照らしている

岡田忠雄さんは、88歳で俳優になった。

きっかけは、岡山で開かれた演劇のワークショップだった。講師は、俳優で介護福祉士の菅原直樹さん。認知症の妻を自宅で介護していた岡田さんは、そこで菅原さんと出会う。2014年、菅原さんが劇団「OiBokkeShi(オイボッケシ)」を立ち上げると、岡田さんは最初の公演から舞台に立ち、やがて劇団の看板俳優になった。

劇団名は「老い」「ボケ」「死」をつなげたものである。誰もが避けたがる三つの言葉を、そのまま看板に掲げた。

岡田さんは99歳で舞台『恋はみずいろ』に出演し、2026年5月に予定されていた100歳記念公演を目指していた。しかしその2か月前、3月に亡くなった。地元の放送局・KSB瀬戸内海放送は、10年以上にわたって岡田さんと劇団を取材し続けてきた。その映像をもとに、同局の記者・ディレクターである大野諭史さんが監督・撮影・編集を手がけたのが本作である。妻との死別、自身の脳梗塞。老いの現実に次々と直面しながら、最期まで舞台を求めた姿が記録されているという。

認知症の人の世界を「演じて受け止める」

OiBokkeShiの活動を理解するには、主宰の菅原直樹さんが唱える「老いと演劇」という考え方を知る必要がある。

菅原さんは、平田オリザ氏が主宰する劇団で俳優として活動した後、特別養護老人ホームで介護職員として働いた。そこで気づいたのは、介護の現場が演劇に満ちているということだった。

認知症の人は、ときに現実とは違う世界を生きている。亡くなった夫の帰りを待っている。自分はまだ現役で、これから会社に行くのだと言う。介護する側は、つい訂正したくなる。ご主人はもう亡くなりましたよ。お仕事はとっくに辞めたでしょう。だが、正しい事実を告げられた本人は、混乱し、傷つき、怒る。何度訂正しても、また同じことを言う。介護する側も疲れ果てる。

菅原さんの提案は単純である。訂正するのではなく、その世界の登場人物として演じればいい。「ご主人、遅いですねえ」と一緒に待つ。「課長、今日は休みですよ」と部下になる。相手の見ている世界を否定せず、その中に入っていく。

これは嘘をつくことではないか、という疑問は当然ある。菅原さん自身も、その問いを手放していない。ただ、認知症の人の言動を「間違い」として正し続けることが、本人の尊厳を守っているのかどうか。記憶や見当識が失われても、感情は残る。否定されたという感覚だけが積み重なっていく。それなら、事実の正しさより、その人の気持ちに寄り添うことを選ぶ。演技とは、他人の立場に身を置く技術である。介護に必要なのは、まさにその技術だというのが、菅原さんの発見だった。

岡田さんという存在

岡田さんは、この理論を身をもって生きた人だった。

家では認知症の妻を介護する。妻の世界に合わせて、ときに演じる。稽古場と舞台では、俳優として別の人物を演じる。劇団の作品は、岡田さん自身の人生や介護の経験を織り込んでつくられることが多かった。介護する夫を演じる、実際に介護している夫。虚構と現実は、はじめから混ざり合っていた。

高齢の俳優は台詞を覚えるのが難しい。出番を忘れることもある。普通の劇団なら、それは致命的な欠点である。OiBokkeShiでは、それも含めて作品にする。台詞が出てこなければ、共演者が拾う。段取りが狂えば、その場で芝居を変える。老いによる「できなさ」を隠すのではなく、舞台の上で引き受ける。観客は、いつ何が起きるかわからない緊張の中で、一人の老人がいまここに生きて立っていることの迫力を目撃する。

岡田さんは、舞台に立つことを生きがいだと公言していたと伝えられる。90歳を過ぎた人に、次の公演という「締め切り」がある。覚えなければならない台詞がある。待っている観客がいる。それがどれほどの力を持つかは、想像に難くない。

人生100年時代の「役割の空白」

日本の100歳以上の人口は、およそ10万人に達した。半世紀前には数百人だった。長寿は、人類が長く願ってきたことの実現である。

ところが、私たちは長くなった人生の後半をどう生きるかについて、ほとんど手本を持っていない。定年で仕事という役割を降り、子育てという役割も終わる。その後に20年、30年という時間が残る。社会は高齢者に、健康でいること、迷惑をかけないこと、できれば孫の世話や地域の見守りをすることを求める。だが、それは「役割」というより「注文」である。

さらに年を重ね、介護が必要になると、人は「ケアされる側」という受け身の位置に固定される。食事、入浴、排泄。すべてを世話してもらう毎日の中で、誰かの役に立っているという感覚は失われていく。高齢者の抑うつや意欲の低下の背景に、この役割の喪失があることは、老年学の分野で繰り返し指摘されてきた。

岡田さんの10年は、この空白に対するひとつの答えである。88歳で「俳優」という新しい役割を得る。それは介護予防の体操や脳トレーニングのような、健康のための手段ではなかった。観客の前に立ち、作品の成否を背負う、本物の役割だった。必要とされること。期待されること。失敗するかもしれない場所に立つこと。人が生きている実感を得るための条件は、何歳になっても変わらない。

老老介護の内側から

岡田さんが妻を介護していたという事実も、重く受け止めたい。

厚生労働省の国民生活基礎調査によれば、在宅で介護をしている世帯のうち、介護する側もされる側も65歳以上という「老老介護」は6割を超え、双方が75歳以上という世帯も3割台半ばに達している。認知症の高齢者は2022年時点で約443万人、その手前の軽度認知障害の人も約559万人と推計される。高齢者のおよそ3.6人に1人が、認知症かその予備群という計算になる。

介護する高齢の配偶者は、しばしば孤立する。自分の体も思うように動かない中で、昼夜を問わず世話を続ける。助けを求めることを恥と感じる世代でもある。介護疲れによる悲しい事件が後を絶たないのは、この孤立のためだ。

岡田さんは、介護を一人で抱え込まなかった。劇団という外の世界を持ち、自分の介護の経験を舞台で語り、観客と分かち合った。介護を「家の中の苦労」から「人に見せる表現」に変えた。それは介護の負担を軽くする魔法ではない。妻は亡くなり、自分も倒れた。それでも、介護だけの人生にしなかった。介護者にも自分の人生がある、という当たり前のことを、岡田さんは舞台の上で証明した。

地方局が10年撮り続けるということ

本作のもうひとつの主役は、時間である。

近年、地方のテレビ局が制作したドキュメンタリーが劇場で公開され、高い評価を得る例が続いている。東海テレビの『人生フルーツ』『ヤクザと憲法』、チューリップテレビの『はりぼて』などがその代表だ。共通するのは、地元に根を張った記者が、同じ対象を長い年月追い続けていることである。

全国ネットの番組は、話題になりそうな題材を短期間で取材し、次へ移る。地方局の記者は、取材相手と同じ町に住み、何年経っても通い続けることができる。88歳の新人俳優を取材し始めた記者は、それが10年以上続くとも、100歳を目前にした死で終わるとも、予想していなかっただろう。結果として、一人の人間が老いていく過程が、連続した映像として残った。声が細くなり、歩幅が狭くなり、それでも舞台に立とうとする。編集で凝縮された10年は、どんな統計よりも雄弁に、老いとは何かを語るはずだ。

地方局の経営は厳しく、こうした長期取材はいつまで続けられるかわからない。劇場公開は、放送エリアの外にいる観客に作品を届けると同時に、地域の記録を残す営みに光を当てる機会でもある。

創造的で知的、介護職という専門家

菅原さんの発想は、介護という仕事の見え方も変える。

介護職は、日本でもっとも人手が足りていない職種のひとつである。賃金は全産業の平均を下回る状態が長く続き、身体的にも精神的にも負担が大きい。「誰にでもできる仕事」という誤った見方が、待遇の低さを正当化してきた。

しかし、認知症の人の世界に入り、その人の物語の登場人物として応答するという営みは、誰にでもできることではない。相手の表情や声の調子から、いま何を感じているのかを読み取る。自分の感情を整え、相手に合わせて言葉と態度を選ぶ。それを一日に何十回も、何人もの相手に対して行う。これは高度な専門技能であり、俳優の仕事と本質的に重なる。

海外で生まれた認知症ケアの技法にも、相手の見ている現実を否定せずに受け止めることを重視するものがある。菅原さんの方法は、それらと響き合いながら、「演劇」という言葉を使うことで、介護に携わる人に誇りと遊び心を取り戻させた。

介護は我慢と献身だけの仕事ではない。創造的で、知的で、ときに笑える仕事である。そう捉え直すことは、介護職の社会的な評価を変える力を持つ。

死を舞台に上げるということ

日本では年間およそ160万人が亡くなる。高齢化にともなって死亡数は増え続け、多死社会と呼ばれる時代に入った。それなのに、私たちは死について語ることを避ける。縁起でもない、と話題を変える。どこで最期を迎えたいか、どんな医療を望むかを、家族と話し合ったことのある人は多くない。

国は、人生の最終段階の医療やケアについて、本人が家族や医療者とあらかじめ話し合う取り組みを勧めている。だが、普及は進んでいない。いざというとき、本人の意思がわからないまま、家族が重い決断を迫られる。

OiBokkeShiが名前に「死」を入れたのは、挑発ではなく、提案である。死を隠さず、老いを恥じず、ボケを笑いに変える。舞台の上でなら、人は死を演じることも、死について冗談を言うこともできる。99歳の俳優が、自分の死を視野に入れながら舞台に立つ。観客はそれを見て、笑い、泣き、帰り道に自分の親のこと、自分の最期のことを考える。演劇は、日常では口にできないことを語るための、安全な場所なのである。

この映画をどう観るか

本作は、主人公の死によって完結したドキュメンタリーである。観客は、彼が100歳の舞台に立てなかったことを知ったうえで観ることになる。それをどう受け止めるかについて、三つのことを述べたい。

ひとつめは、「間に合わなかった」物語として観ないこと。100歳記念公演は実現しなかった。だが、岡田さんの価値は、100という数字に届いたかどうかにあるのではない。最期まで次の舞台を目指していたこと、つまり未来を持っていたことにある。死の直前まで予定がある人生を、私たちは不完全とは呼ばない。

ふたつめは、菅原さんの方法を、自分の生活に引き寄せて考えること。家族が認知症になったとき、あるいは自分がなったとき。同じ話を何度も聞かされて苛立つとき、「それ、さっきも聞いた」と言う代わりに、初めて聞いたように相槌を打つことはできるか。それは相手のためであると同時に、自分が楽になるための技術でもある。

みっつめは、自分の「88歳」を想像すること。そのとき、自分は何者として人前に立てるだろうか。役職も肩書もなくなった後に、誰かが待っていてくれる場所を持っているだろうか。岡田さんにとってそれは演劇だった。答えは人によって違う。ただ、その場所は定年後に突然現れるものではなく、出会いに開かれている人にだけ訪れる。岡田さんは88歳で、知らない若者のワークショップに出かけていった。その一歩がすべての始まりだった。

老い、ボケ、死。劇団が名前に掲げた三つは、誰の人生にも順番にやってくる。それを恐れるか、隠すか、それとも舞台に上げてしまうか。岡山の小さな劇団が出した答えは、高齢化の先頭を走るこの国にとって、最も実用的な哲学のひとつである。

【作品情報】

『OiBokkeShi 99歳の看板俳優』 2026年11月27日公開(11月20日より岡山・シネマ・クレールで先行公開)/監督・撮影・編集:大野諭史/出演:岡田忠雄、菅原直樹/製作:KSB瀬戸内海放送・一般社団法人ベンチ/配給:MOTIF

※本稿は公開前の時点で、公表されている作品資料、製作局の報道、劇団の活動に関する公開情報、公的統計に関する公開情報をもとに執筆した。本編の内容に関する記述は公表された情報の範囲にとどめている。

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