エロスも流血も容赦なし!血まみれの“殺人ナース”が浮気男を血祭りに 全てが過剰なB級セクシーホラー『マッド・ナース』
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※本記事の情報は2026年9月30日時点の情報です。最新情報は公式サイトにてご確認ください。
パス・デ・ラ・ウエルタ主演の『マッド・ナース』は、エロティック・スリラーとスプラッターホラーを毒々しく混ぜ合わせた、良識とは無縁の怪作だ。浮気男を誘惑し、その罪を血で償わせる殺人看護師。そんな刺激の強い設定を掲げながら、作品は上品にまとめようとはしない。エロスも流血も悪趣味な笑いも、すべてを過剰なままスクリーンへ叩きつけてくる。
主人公のアビー・ラッセルは、昼間は患者から信頼される優秀な看護師として働き、夜になると不誠実な男たちを誘惑して処刑する。彼女にとって殺人は衝動的なものではなく、自分なりの正義を執行するための儀式でもある。その危うい均衡が崩れ始めるのは、新人看護師ダニーへの執着を募らせてからだ。浮気男への制裁という物語は、やがて独占欲に支配された女が暴走していくサイコスリラーへと姿を変える。
この映画を忘れがたい一本にしているのは、何といってもパス・デ・ラ・ウエルタの存在だ。息を漏らすような話し方、焦点が定まらない視線、相手の内側まで値踏みするような表情。自然な演技とは呼びにくいが、その不自然さがアビーの異常性に恐ろしいほど合っている。何を考えているのか読めないのに、次の瞬間にはとんでもない行動に出そうな気配だけが伝わってくる。彼女が画面に立つだけで、場面全体に不穏な緊張が走る。
ウエルタは妖艶な衣装や大胆なヌードも含め、自分自身を作品のけばけばしい美術の一部へ変えている。ただセクシーな殺人鬼を演じるのではなく、色気と狂気の境目を曖昧にし、アビーという人物を現実から微妙にずれた存在として成立させた。台詞回しのぎこちなさすら、この人物なら本当にこんな話し方をするかもしれないと思わせる。巧いか下手かという通常の物差しだけでは測れない、まさに怪演と呼ぶしかないパフォーマンスだ。
もちろん、脚本は緻密とは言い難い。浮気男への復讐という魅力的な設定が途中から後退し、ダニーをめぐる愛憎劇へ移っていく構成には物足りなさも残る。登場人物の行動には無理があり、サイコスリラーとして見れば既視感のある展開も少なくない。それでも、この映画では粗さまで含めて勢いに変わっている。理屈よりも欲望、説得力よりも刺激を優先し、最後まで品行方正な作品になることを拒み続ける。
病院内で繰り広げられる終盤の惨劇も、その姿勢を象徴する場面だ。それまで抑えていた流血描写が一気に解放され、白衣と無機質な院内が鮮血に染まっていく。洗練された映像と低俗なアイデアの組み合わせが絶妙で、安っぽい題材を本気のプロダクションで映像化した現代版グラインドハウス映画としての魅力が炸裂する。
『マッド・ナース』は、セックス、殺人、嫉妬、復讐という露悪的な要素を詰め込み、観客の良識を挑発しながら突き進むB級エンターテインメントだ。その中心にいるパス・デ・ラ・ウエルタは、自分の異様な存在感で飲み込み、アビーをほかの俳優では成立しない強烈なキャラクターへ変えている。
完成度の高さだけで評価すれば、粗の多い映画には違いない。だが、端正に整えられた作品では決して味わえない危険な熱と、何が飛び出すか分からない猥雑な魅力がある。「良い映画」と「面白い映画」が必ずしも同じではないことを、血まみれの殺人ナースが全身で証明する一作だ。
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