「世界で最も汚れた街」で“名もなき男”が独裁者に立ち向かう!『プーチンの愛国教室』はロシアの現在を伝えるオスカー受賞作
清濁が混在するロシア社会の現在を伝える――
オスカー受賞ドキュメンタリー『プーチンの愛国教室』
今、世界では未来の利権や資源をめぐる国家間の諍いが続いている。“我先に”という考え方が常態化し、“祖国を守る”という大義によって合理化される。限られた人物の短絡的な思考がまかり通り、誰も文句が言えない閉塞的な諦観が漂っている。
サンダンス国際映画祭が熱狂し、第98回アカデミー賞《長編ドキュメンタリー賞》に輝いた『プーチンの愛国教室』(10月3日[土]より全国公開)は、清濁が混在するロシア社会の現在を記録し、カオスの渦中にあっても清らかな感情があることを当事者視点で共有する作品だ。
『プーチンの愛国教室』© 2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o.
「一人のバカが決めたことに、世界中が脅かされている」
モスクワから直線距離で約1,500km、ロシアの地方都市カラバシュでは銅の採掘と精錬が一世紀以上も行われてきた。煙突からは灰色の、時には青い煙も吹き出し禿げ上がった山は真っ黒。大気汚染は深刻で住民の平均寿命が38年という説もあり、ユネスコは「世界で最も汚れた街のひとつ」と警鐘を鳴らした。だが、街を愛する人々は平穏な日々を送っていた。
『プーチンの愛国教室』© 2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o.
街で一番大きなカラバシュ初等・中等学校で、催事の企画と映像撮影を担当する地元出身の教員パヴェル・タランキンは、子どもたちの成長を見守りながら仕事をしている。誰にでも気さくに声をかける彼の部屋は開かれており、学生や同僚が自然と集う憩いの場になっている。自由を謳歌し、記録を通じて生徒を支える毎日は充実していた。
『プーチンの愛国教室』© 2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o.
だが2022年2月24日、突然すべてが変わる。タランキンに言わせると「一人のバカが決めたことに、世界中が脅かされている」事態が勃発したのだ。ウクライナに対する軍事作戦を発動したプーチンは、かねてから力を入れていた国家への忠誠と好戦感情の刷り込みを念頭に、未来の兵士を育てる愛国教育を始めた。
週初めには校内での国旗掲揚と国歌斉唱を法で義務づけた。教室では、第二次世界大戦下で約2,700万人もの犠牲者を出してナチス軍を退けた大祖国戦争を神話化し、特定の史実を重点的に教える授業を徹底。後に袂を分かつことになるワグネル(※民間軍事会社)の傭兵に軍事技術を指導させるなど、愛国プロパガンダ活動を推し進めた。それでも国民を信じられない独裁者は、映像による活動報告を命じた。
『プーチンの愛国教室』© 2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o.
子どもたちの意識が戦闘モードへと誘導され、軍事作戦の長期化に伴って卒業生が次々と徴兵されていく。指導者を揶揄したり、仕事を拒んだり、間違いを正せと叫んだり。もし本音を吐いたとしたら即座に拘束され、懲役を科せられるだろう。このままではすべてが壊れてしまう。黙々と記録を続けていたタランキンは、悩んだ末にある決断を下すが……。
『プーチンの愛国教室』© 2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o.
世界で最も汚れた街で、清らかな感情を持つ“名もなき男”がプーチンに立ち向かう
監督はロシアの日常を記録し続けた当事者のタランキンと、コペンハーゲン在住のデヴィッド・ボレンシュタイン。侵攻開始の数週間後から約2年間、秘匿性の高い電話と暗号化された通信回線で映像を共有し、ロシアの今を伝える作品を仕上げた。
『プーチンの愛国教室』© 2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o.
欧米で熱烈に支持された理由は、清濁が混在する描写の中に一縷の希望があるからだ。一人のバカが起こした蛮行を濁流とするなら、無垢な生徒たちを見つめるタランキンが思索する過程は清流となって共感を呼ぶ。目を背けたくなる現実に葛藤しながらも行動を続ける姿に心を揺さぶられ、彼の地にあっても理性的で健全な思考が存在することに心を確かにする。
『プーチンの愛国教室』© 2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o.
本作の英題は『Mr. Nobody Against Putin』だ。世界で最も汚れた街に育まれた清らかな感情を持つ“名もなき男”がプーチンに立ち向かう。殺伐とした現代社会にあって、心をニュートラルに保つことの大切さを教えてくれる必見のドキュメンタリーである。
『プーチンの愛国教室』© 2025 made in copenhagen Aps, Pink Productions s.r.o.
文:髙橋直樹
『プーチンの愛国教室』は10月3日(土)より全国公開
『プーチンの愛国教室』
ロシアの田舎町の学校に撮影担当教員として勤めるタランキンは、子どもたちから“頼れるお兄さん”として慕われる人気者。愛用のビデオカメラで子どもたちの成長を日々記録していたが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を機に、彼らの日常は一変する。
プーチン大統領の教育令により、学校は子どもたちに戦争参加を使命として教え込み、訓練する「愛国教育」の場へと変貌していく。逆らう者は<国家の敵>とみなされる絶対的な命令のもと葛藤する教師たち、たちまち戦時教育に染まっていく子どもたち、そして次々と戦地へ送られる卒業生たち・・・その全てを、タランキンのカメラは記録していく。
| 制作年: | 2025 |
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2026年10月3日(土)より全国公開