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チェコの名門合唱団を揺るがせた虐待事件とは?“声なき声”に耳を傾ける静謐な映画『ブロークン・ヴォイス』

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ライター:#髙橋直樹
チェコの名門合唱団を揺るがせた虐待事件とは?“声なき声”に耳を傾ける静謐な映画『ブロークン・ヴォイス』
『ブロークン・ヴォイス』 © endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

“あこがれの舞台”で何が起こった?『ブロークン・ヴォイス』

姉が所属する合唱団の練習が終わり、姉妹が家路を急ぐ。先を行く姉は迷わずに近道を選ぶ。人気のない藪の中を抜けるのだ。追いつこうとして懸命に走る妹は、勢い余って躓いてしまう。

純真で無防備な少女が生きるこの地には、明るくて見晴らしの良い場所もあれば、暗くて深い沼もある。美しくて気高い憧れの舞台には少女が知らない世界があるに違いない。そこにいるのは天使なのか、それとも悪魔なのか。幼さが残る彼女はまだ何も知らない――。

『ブロークン・ヴォイス』は、13歳の少女のひと冬の成長物語である。2歳年上の姉が所属するプラハの名門合唱団に欠員ができたことで、主人公ヴァレリエ(カテジナ・ファルブロバー)の運命が大きく動き出す。

『ブロークン・ヴォイス』 © endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

2004年、チェコの名門合唱団で発覚した性的虐待事件

2004年11月25日、チェコの名門合唱団「バンビーニ・ディ・プラーガ」の指揮者ボフミル・クリーンスキーによる性的虐待事件が発覚する。捜査の結果、1984年から2004年までに49件もの虐待容疑がかけられた。

『ブロークン・ヴォイス』 © endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

監督のオンドジェイ・プロヴァズニークは、事件の裏にある少女たちの“声なき声”に着目した。事件の真相を暴くのではなく、なぜ、20年以上も虐待が隠され続けたのかを静かに見つめる。

沈黙の経緯を少女の視点で描いたオリジナルの脚本を仕上げると、センシティヴな題材だけに慎重に映画化のタイミングを待った。

『ブロークン・ヴォイス』 © endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

純粋な少女の心を侵食する“指導者”の飴と鞭

1990年代初頭、チェコ共和国は共産主義から資本主義へと舵を切った。両親、姉のルチエ(マヤ・キンテラ)と家族4人で暮らすヴァレリエにとって、国内随一の名門、カンティチェラ少女合唱団は憧れだ。努力家の姉は一軍のメンバーとして活躍しているが、自分はまだ予備軍にも入れてもらえない。

『ブロークン・ヴォイス』 © endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

合唱団を率いるのは、女性指導者の母(イヴァナ・ヴォイティロヴァー)と指揮者の息子ヴィーテク・マーハ(ユライ・ロイ)だ。冬が到来し、合唱団の活動報告会とパーティが行われる。合唱を披露した一軍のメンバーは酒を飲み、煙草も吸っている。ダンス会場でヴィーテクと身体を寄せ合ってダンスを踊るルチエは大人びて見えた。

『ブロークン・ヴォイス』 © endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

合唱団初のアメリカ公演に向けて雪山合宿が始まる。渡米できるのは20人、難関突破を目指す30人がヴィーテクの厳しい審査に晒される。猛練習開始直前前、欠員補充に迫られた指揮者はヴァレリエを指名する。「まさか自分が選んでもらえるなんて!」――知らせを受けたヴァレリエは、一刻も早く家族に知らせたいと藪道へと駈け込んでいく……。

『ブロークン・ヴォイス』 © endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

35歳の若きカリスマとして誰もが一目置くヴィーテクは、閉ざされた合唱団の絶対的支配者だった。音階のズレを聴き逃さずにダメ出しする。指導に逆らう者を排除することもある。厳しい反面、休憩時には笑顔でギターを弾き語り、気さくに声をかける“人たらし”な一面も持ち合わせていた。

『ブロークン・ヴォイス』 © endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

彼に認められることは誇りであり喜びだった。歌唱に対して「悪くない」という一言に心を躍らせ、レパートリーの譜面を渡して「覚えろ」と睨まれると気が引き締まる。期待に応えられたと感じると胸の奥が熱くなり、言葉にならない感情が沸き上がる。無垢な心が寡黙な指揮者に侵食されていく。

『ブロークン・ヴォイス』 © endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

映画のリアリティを決定づけているのは、同録された美しい合唱の響きと、その背後にある沈黙との対比だ。独特なフレームワークで常に主人公に寄り添う撮影を担当したルカーシュ・ミロタの貢献も大きい。時代の空気感を伝えるために16ミリフィルムを選択した監督の意図を汲み、指揮者を見つめるヴァレリエの瞳の揺れ、髪型の変化で内面的な成長をとらえた静謐な映像には説得力が宿る。

『ブロークン・ヴォイス』 © endorfilm s.r.o. Punkchart films s.r.o. Česká televize innogy Česká republika a.s. Barrandov Studio a.s. 2025

文:髙橋直樹

『ブロークン・ヴォイス』は9月19日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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『ブロークン・ヴォイス』

美しいハーモニーの裏で、何が起きていたのか。

カンティチェラ少女合唱団――
「名門」と呼ばれ、入団希望が絶えないこの合唱団で、ヴァレリエはBチームに所属し、選抜チームの姉ルチエの背中を追っている。

ある日、稽古を終えた姉を待ちながら、ヴァレリエは練習室をのぞき見る。少女たちの歌声に、指揮者ヴィーテクの声が重なった瞬間、空気が変わる。

やがてヴィーテクはBチームの練習に現れ、ヴァレリエを指名する。
ひとりで歌い終えた彼女に、「ありがとう、それでいい」とだけ伝え去っていく。

春のアメリカ公演が発表され、会場は家族や関係者が集う。にぎやかな場に馴染めずにいるヴァレリエへ、ヴィーテクは「ソプラノだったね。悪くない」と声をかける。少し離れた場所では、ルチエが仲間たちと親しげに笑っていた。

その夜、ルチエは約束の門限の時間を過ぎて酔って帰宅する。どこか様子は荒れ、何かにひどく苛立つ彼女。父の迎えの車中でも、ルチエは口を閉ざした。父がヴィーテクに話を聞こうとすると、「行かないで」とだけ言う。ヴァレリエは、そのやり取りを黙って見ていた。

やがて海外ツアーを前に、選抜メンバーを決める雪山合宿が始まる。欠員の代役として呼ばれたヴァレリエに、ヴィーテクは楽譜を手渡し、「覚えなさい」と告げる……。

監督・脚本:オンドジェイ・プロヴァズニーク
出演:カテジナ・ファルブロヴァー ユライ・ロイ マヤ・キンテラ ズザナ・シュラヨヴァー
   マレク・チソフスキー イヴァナ・ヴォイティロヴァー アンナ・ミハルツォヴァー アネシュカ・ノヴォトナー

制作年: 2025