史実ベースの“建築”ドラマ『新凱旋門物語』
※注:物語の内容に一部触れています
妻とふたりで慎ましく暮らすデンマークの建築家に人生最大の転機が訪れる。自らのデザインがフランスの国家的モニュメントに採用されたのだ。だが、名誉と屈辱、独創性に対する横やり、協調と対立、寛容と不寛容、理想と現実の狭間に生まれる疑心暗鬼に追い詰められていく。
疲れ果てた彼は、人生のすべてを賭けたはずのプロジェクトから自ら離脱すると決める。志半ばのこの選択が何を意味し、その後にどんな影響をもたらすことになるのか、辞表を提出した本人には想像すらできなかったに違いない。
『新凱旋門物語』©2025 AGAT FILMS, LE PACTE
フランス革命200年、国家レベルの建造プロジェクト始動
1981年5月、大統領に就任したミッテランは、フランス革命200年を盛大に祝うために、シャンゼリゼ通りに未来へのシンボルとなる新たな建造物を作るとぶち上げる。ノートルダム大聖堂(1250年)、ルーブル美術館(旧宮殿/1546年)、ヴェルサイユ宮殿(1682年)、凱旋門(1836年)、エッフェル塔(1889年)に続く、新たなランドマークが誕生するのだ。
『新凱旋門物語』©2025 AGAT FILMS, LE PACTE
1983年5月、独創的でキューブ状の斬新なモニュメント、公募によってデンマークの大学で教鞭を執る53歳の建築家ヨハン(演:クレス・バング)のプランが採用される。本人と話すために大使館に連絡するが誰も知らない。
担当のシュビロン(演:グザヴィエ・ドラン)はデンマークに赴き、ヨハンをパリに招く。大統領とり面会した後、妻の助言で諸条件をまとめた契約書にサインした彼は、国家的プロジェクトの陣頭指揮を執ることになる。
『新凱旋門物語』©2025 AGAT FILMS, LE PACTE
大理石や特殊ガラスで趣向が凝らされた巨大モニュメントを完成させるためには、フランスでの人脈が不可欠だ。政府の紹介で、巨大建築のノウハウを持つポール(演:スワン・アルロー)に会ったヨハンはサポートを依頼。こうして常時150人以上が働く大事業が始動する。
『新凱旋門物語』©2025 AGAT FILMS, LE PACTE
人に任せず、コンピュータを使おう。合理化的なポールの提案に激昂したヨハンは、絶対的な権力者の大統領が認めたイタリアの特別な大理石から、ガラスのつなぎ目に至る細部にまで完璧を目指すと宣言。激務が続く中、決して順調ではないが工事は無事に進んでいる。安堵した彼は疲弊した身体を癒すため、しばしの休暇をとる。
『新凱旋門物語』©2025 AGAT FILMS, LE PACTE
1986年3月、ヨハン宅の電話が鳴る。無視しても鳴り続ける。
「ミッテランが大敗、至急パリへ」――議会総選挙の予期せぬ結果に暗雲が垂れ込める。現場に戻ったヨハンは愕然とする。そこには指定外の人造大理石が積み上げられ、工期を急ぐために細部が変更され、彼の理想は無残に踏みにじられていたのだ。こうなったら大統領に直談判するしかない。意を決した彼はエリゼ宮へと向かうが……。
『新凱旋門物語』©2025 AGAT FILMS, LE PACTE
理想を追い求めることは、いのちを削ることなのか
『新凱旋門物語』は、創造への理想と、実際に築く作業の現実、その狭間でもがき続けた建築家の物語である。ヨハンの周りには悪人は登場しない。だが、彼にとっては目の上のたんこぶであり、彼のビジョンに共鳴しない“ろくでなし”だった。
政府の窓口となる国土開発省のシュビロンは、組織の中で生き抜く術を知っている。だから、理想ではなく妥協を優先しながらもヨハンを擁護した。補佐役のポールは、プロジェクト全体を俯瞰し、合理的な資材で予算を押さえて予定を守った。
『新凱旋門物語』©2025 AGAT FILMS, LE PACTE
“元”大統領となったミッテランも同様だ。わが春を謳歌するかのようにヨハンを鼓舞しながらも、選挙での大敗に屈すると沈黙する。辞すると決意した建築家に、契約通りの報酬を約束し、守秘義務の遵守を確認すると部屋を後にする。
そして、最も重要なのは歴史の影に隠れていた妻に映画独自の視点が当てられていることだ。常にヨハンの傍で支え続けた彼女は、強気の契約条件を提示し、著作権にまで目を配った。大理石を確認するためにイタリアに向かった夫の代わりに会議に参加し、できる限り理想を実現するために尽力した。だが、完璧を目指すヨハンから罵声を浴びせられる。理想に執着している夫に見切りをつけた彼女は、荷物をまとめて帰国してしまう。分かつことのできない妻との関係が破綻したとき、彼の人生は暗転する。
『新凱旋門物語』©2025 AGAT FILMS, LE PACTE
1989年7月、フランス革命200年祭で<新凱旋門>が披露された。残された者によって予定は守られたが、その場にヨハンの姿はなかった。前年、病気を発症した彼は完成を見届けることなく天に召された。享年57。ヨハンの遺志を継いで新凱旋門を落成したポールは、2007年に中国国家大劇院を設計した。ミッテランは1985年の総選挙で大統領に返り咲いた。
落成当初は「エゴのモニュメント」だと批判された新凱旋門は、ヨーロッパ最大級のビジネス街ラ・デファンス地区のシンボルとなり、巨大な階段は市民の憩いの場となっている。
『新凱旋門物語』©2025 AGAT FILMS, LE PACTE
なぜ、ヨハンは、理想を追求できず、執着に至ってしまったのか――。芸術的理想と政治の現実、天才と実務家、孤高の理想が他者とのつながりを欠いたとき、執着が生まれる。理想を追い求めることは、いのちを削ることなのか……。この映画が示唆することは決して少なくない。
文:髙橋直樹
『新凱旋門物語』は7月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国公開中
『新凱旋門物語』
1983年、パリ。ミッテラン大統領はフランス革命200周年を祝う新モニュメントの建設を構想していた。国際設計コンペで選ばれたのは、無名のデンマーク人建築家ヨハン・オットー・フォン・スプレッケルセン。イタリア・カッラーラ産の大理石によるキューブ状のアーチと、そのふもとに雲のような屋根が浮かぶ大胆なプランは、大統領の心を射止め、彼を一夜にして時の人にした。しかし、完璧を追い求める彼の前には、予算や政治的圧力、周囲の思惑が立ちはだかる。理想を貫くか、現実に折り合いをつけるか。巨大プロジェクトの渦中で、一人の建築家が下す“ある決断”とは――。
監督・脚本:ステファン・ドゥムースティエ
音楽:オリヴィエ・マルグリ
出演:クレス・バング、スワン・アルロー、グザヴィエ・ドラン
| 制作年: | 2025 |
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2026年7月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国公開