林家木久彦の「銀幕高座」~“でも泥”って何?映画『俺たちに明日はない』と落語「夏泥」「芋俵」~
林家木久扇門下の真打であり、大人気漫画『あかね噺』の監修を務めるなど、昨今の若い落語ファンの急増の立役者としても知られる実力派。映画の展開を落語の「ネタ」や「オチ」に例えて鮮やかに捌く独自の視点は、初心者にも分かりやすく新鮮です。高座の粋と銀幕のワクワクを繋ぐ、親しみやすさ抜群の映画案内人。
背く、逃げる…「北」という字の意外な由来
1967年の映画『俺たちに明日はない』――世界恐慌時代に実在したバロウギャングを率いたクライド・バロウと、恋人のボニー・パーカーが本作の主人公。物語は1930年代の米テキサスから始まり、オクラホマ、アイオワあたりにかけて銀行強盗を繰り返した一味の逃避行を描くロードムービーです。
『俺たちに明日はない』© 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
現代と違って、格子のはまったカウンターと警備員が1〜2人という甘いセキュリティの銀行へ押し入る二人。と言っても狙う銀行は資金のある場所ばかりで、義賊のように噂されたりもします。
劇中では、一味の犯行を報じた新聞によって尾ヒレが付く形で世間に知られることとなるのですが、「俺たちはそんなことやってねぇ!」なんて台詞が飛び出すあたりに、思わず「5千円でも5億円でも泥棒は泥棒だろ!」とツッコミを入れてしまう自分がいました(笑)。
『俺たちに明日はない』© 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
“逃避行”といえば、歴史で見ると、源義経の平泉、土方歳三の五稜郭は、関東から北の方角へ進んで戦った結果、負けていますよね? そう、「敗北」です。
「北」という字は、もともと人と人が背を向けている形から成り立った字だそうで、「背く」や「逃げる」という意味もあるとか。本作のバロウギャングも、テキサスから北上したアイオワの街で居場所が知られ、窮地に追い込まれるキッカケとなります。
皆さん、逃げる時は「南」へ陽気に逃げましょう。
泥棒ヒロインのボニーが、落語の“でも泥”と一線を画す理由
さて、我々の落語界では、日に一度は“泥棒の噺”が寄席の高座で口演されます。
“泥棒”と聞くと、多くの人にとって身近な事象ではないと感じるでしょう。しかし、これは「お客席の懐を取り込んでしまおう、攫ってしまおう」という、楽屋側の縁起担ぎのひとつなのです。
「出来心」「鈴ヶ森」「花色木綿」「締め込み」「転宅」「もぐら泥」などなど、泥棒の登場する噺自体のシチュエーションには多種多様ありますが、泥棒像には或るひとつの共通点があります。
それは「間抜け」な人柄。噺に出てくる泥棒には、歴史に名を残すような大泥棒は出てこない! とにかく間抜けで、何をやっても人生が上手くいかない。やれることがないから、一念発起して「よし! ひとつ泥棒でもやってみよう」……なんていう、言葉と行動があべこべな、通称“でも泥”なんです。
クライドのパートナーとなるボニーも正に“でも泥”のようなもので、彼とのひょんな出会いをきっかけに悪に手を染めていく。ただし落語の“でも泥”と違うところは、ちゃんと仕事を全うするところ。
落語の方では、盗みに入った家に履き物をわすれてきたり、盗みに入ったものの家主が帰宅して縁の下に隠れることになったり……といった具合。ボニーには、そんなところはありません。冷静に淡々と仕事をこなして、逃走の運転までこなします。
『俺たちに明日はない』© 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
“おっちょこ”なクライドを彷彿とさせる「夏泥」とは
一方のクライドは、言わばギャングの棟梁、盗んだ金をメンバーに差配する親分です。しかし間抜けな部分もありまして、物語の序盤ではなんと倒産した銀行に押し入ってしまい、盗む物もなく仕方なしに拳銃を振り回して窓ガラスや壁を傷つけるだけ。これは、押し入った家に盗むものがなく、反対に施して帰ってくる間抜けな泥棒が主人公の「夏泥」に雰囲気が似ています。
『俺たちに明日はない』© 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
受付に座る行員は、銃口を向けられようとまるで驚いている様子がなく、これは「夏泥」に於いても同じことが言えます。博打狂いから借金まみれとなり、商売道具まで質屋へ入れてしまった家主は、我が家を荒らそうとする泥棒にまるで怯むことなく、「いっそ殺してくれ!」と懇願するのです。
また、物語の途中で一味に加わるモスという青年。車のこととなればメカニックを担当するほどの腕前なのに、ボーッとしていて掴みどころのないどぼけたキャラクターは、「芋俵」で泥棒一味の画策に巻き込まれてしまう与太郎にソックリです。
『俺たちに明日はない』© 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
大きな商家の手文庫を狙う町内の泥棒コンビである与太郎は、芋俵の中に紛れて潜入し、一家が寝静まったら内側から閉まりを解く、という役割。しかし、その日に限って商家の家人や奉公人がなかなか眠らず、与太郎は仕事に着手できない……という一席です。
落語要素の多い「ボニクラ」と、時代や地域が変わっても左右されないもの
『俺たちに明日はない』は他の登場人物も、緻密なキャラクター構成というよりは個性が服を着て言葉を発しているという印象で、とても演芸的。そして物語終盤、追い込まれた一味は逃走劇の末に…….尻上がりにぐぅ~~っと盛り上がっていって、いきなりストン! と終劇を迎えます。
『俺たちに明日はない』© 2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved
全編通して落語的な要素の多さから、時代や地域が変わっても“人間の生き様”は変わらないということがよくわかります。かの有名なクリスマス映画『ホーム・アローン』(1990年)だって、見方によれば「めがね泥」という落語と同じ構造ですから。
しかし不思議なもので! 座布団の上でひとり喋りをする噺家と比べて、どうしてハリウッド映画ではこんなにもお洒落に見えてしまうものなんでしょうね(笑)。
文:林家木久彦