「筋肉は裏切らない」は本当か?パッキパキの肉体が狂気に飲み込まれる三頭筋スリラー『ボディビルダー』の衝撃
ジョナサン・メジャースが主演する映画『ボディビルダー』が、12月19日(金)より全国公開となる。“ボディビルダー版『ジョーカー』”、“『タクシードライバー』のトラヴィスを超えた”という海外メディア評に興味を惹かれた映画ファンも少なくないだろう。しかしその衝撃度は、それら過去の名作を引き合いに出しても全く霞むことはない。
『ボディビルダー』©2023 LAMF Magazine Dreams LLC All Rights Reserved.
強火のボディビル青年が見た夢と現実
メジャース演じる本作の主人公キリアンは他人とのコミュニケーションはおぼつかないが、身体づくりやボディビルのことになると早口でまくしたてるなど、冒頭からオタク的ムーブをかます。ジョナサン・メジャースのキョドり演技が見事すぎて、いつ良くないことが起こるのかと身構えてしまうが、本作はその予想を軽やかに、しかし凄まじくヘビーに裏切ってくる。
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いわゆる“覚醒感”だけでなくマッスル用語としても「パキってる」という表現を目にするようになったが、キリアンはまさに内側も外側もパキった男であることが強調される。パキるに至った背景こそ直接的に説明されないものの、両親の存在にトラウマを抱えたヤングケアラーというパーソナル描写の端々から察することはできるだろう。
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筋トレに明け暮れ、憧れのビルダーにファンレターを書き、プロテインを飲みながらポルノを観るキリアン。世間は自分を無視するが、筋肉は鍛えれば鍛えただけ応えてくれる。……とは言い切れないのだと残酷に突きつけられ、世界が歪んで見えてくる。自分は完璧な肉体を持っているはずなのに、なぜ? 認められないのは分かってない連中の責任だ、と。
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観ているだけで筋肉痛になりそうなスパルタ描写の連続
キリアンは鏡の前でダビデ像のような肉体を誇示しながら、ニッカリと笑顔を作る。そのアンバランスさから、少年のように無邪気な願望、世界への不満、心身の苦痛がジワッとにじみ出る。そして、そのなんとも形容しがたい違和感を、自らの凶行によって証明してしまう。過度な薬物使用により昂る感情を制御できないキリアンの日常は、ますますどツボに落ち込んでいく。
『ボディビルダー』©2023 LAMF Magazine Dreams LLC All Rights Reserved.
ヘイリー・ベネットやテイラー・ペイジ、マイク・オハーン、ハリエット・サンソム・ハリスら共演者も名演を見せる。とくにキリアンが好意を抱く職場の同僚ジェシーを演じたベネットは、観客の代弁者として重要なシーンを担う。ご想像の通りすぐにドン引きされることになるのだが、その理由が分からないのはキリアンだけだ。
『ボディビルダー』©2023 LAMF Magazine Dreams LLC All Rights Reserved.
『ジョーカー』のように妄想に逃避することすら許されず、抱いた理想が鋭い刃物になって跳ね返ってくる感覚。観ているだけで胸が、みぞおちのあたりがキリキリと苦しくなるスパルタ描写の連続。まるで横隔膜がせり上がるような緊張感は、筋肉痛を錯覚すらさせる。筋トレとは無縁でも、心の筋肉細胞が悲鳴をあげる。
『ボディビルダー』©2023 LAMF Magazine Dreams LLC All Rights Reserved.
『クリード 過去の逆襲』で見せた重戦車のような筋肉が再びスクリーンに
監督のイライジャ・バイナムは、『君の名前で僕を呼んで』(2017年)でブレイクする以前のティモシー・シャラメの初々しい魅力を捉えた『HOT SUMMER NIGHTS/ホット・サマー・ナイツ』(2017年)の監督と聞けば、映画ファンならばピクリと触角が反応するはず。あの『ナイトクローラー』(2014年)のダン・ギルロイ監督が製作を買って出たのも納得の仕上がりだが、スコセッシ作品などへのオマージュ的な瞬間も散りばめられている。
『ボディビルダー』©2023 LAMF Magazine Dreams LLC All Rights Reserved.
頭に銃を押し付けられでもしないかぎり、本作を「娯楽映画です!」とは言えないが、冒頭からビタイチ目が離せない作品であることも100%事実。スクリーンを見つめる私たちは、おそらくサンソム・ハリス演じるカウンセラーと同じような表情をしているだろう。彼をどうにかしなければ、どうすれば彼は現実を直視するだろうか? しかし、それは“自分はマトモだ”と思い込んでいるがゆえの驕りかもしれない。
『ボディビルダー』©2023 LAMF Magazine Dreams LLC All Rights Reserved.
2023年制作の本作は、映画ファンならばよく知る事情でお蔵入りになっていた。メジャースはボディビルダーとして説得力のある身体づくりに成功しているが、それは『クリード 過去の逆襲』(2023年)で見せた凄まじい筋肉が、あの3D効果すら感じさせる驚きの肉体が、約2年を経てスクリーンに蘇ったと言い換えることもできるだろう。
『ボディビルダー』©2023 LAMF Magazine Dreams LLC All Rights Reserved.
『ボディビルダー』は12月19日(金)よりシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
『ボディビルダー』
アメリカの片田舎で病気の祖父を介護しながら暮らす青年キリアン・マドックス。
低収入で友人も恋人もおらず孤独な毎日を送っているが、彼には揺るぎない<夢>があった。一流ボディビルダーになり、その鍛え上げた肉体で雑誌の表紙を飾ることだ。すべてを捧げ過酷なトレーニングと食事制限に打ち込むが、身体は悲鳴をあげ、社会の不条理と孤立が彼の精神を蝕んでいく。
そしてある事件を機に、純粋な夢は狂気へと変貌する……。
監督・脚本:イライジャ・バイナム『HOT SUMMER NIGHTS/ホット・サマー・ナイツ』
出演:ジョナサン・メジャース『クリード 過去の逆襲』、ヘイリー・ベネット『Swallow/スワロウ』、マイク・オハーン
| 制作年: | 2023 |
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2025年12月19日(金)よりシネマート新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開