「パブリックリーダースクール」で原作者武田一義が作品ゆかりの地の生徒と平和を考える『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』
劇場アニメーション映画『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』の原作者・武田一義が作品ゆかりの地の生徒と平和を考える茨城県立水戸第一高等学校・附属中学校で「パブリックリーダースクール」を開催。さらに、茨城県庁にて特別記者会見を実施した。
終戦80年の冬に公開
本作は太平洋戦争、すでに日本の戦局が悪化していた昭和19年9月15日からはじまった「ペリリュー島の戦い」と、終戦を知らず2年間潜伏し最後まで生き残った34人の兵士たちを描いたアニメ作品。原作は白泉社ヤングアニマル誌で連載され、かわいらしいタッチでありながら戦争が日常であるという狂気を圧倒的なリアリティで描き、第46回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞した武田一義による漫画『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』。(全11巻/外伝全4巻)
心優しい漫画家志望の主人公・田丸均(たまる ひとし)を板垣李光人、頼れる相棒・吉敷佳助(よしき けいすけ)を中村倫也が演じることが決定。確かな演技力で話題作への出演が絶えない2名が、過酷な戦場を生き抜こうとする若き兵士を熱く演じる。
南国の美しい島で相次ぐ戦闘、飢えや渇き、伝染病――家族を想い、故郷を想いながら、若き兵士が次々と命を落としてゆく。そんな壮絶な世界を田丸と吉敷は必至で生き抜こうとする。
自決も許されない持久戦、1万人中最後まで生き残ったのは僅か34人だった地獄のような戦場、ペリリュー島で若者たちは何を想い、生きたのか。観る者の感情を揺さぶる、壮絶な世界で紡がれた戦火の友情物語が、終戦80年の冬に公開する。
原作者が登壇
ペリリュー島の戦いの守備の要だったのは、水戸二連隊。その9割がペリリュー島の戦いで命を落とし、茨城県にとって忘れてはいけない戦争の記憶として若い世代にも伝えるべく、茨城県内で下記関連の展開が決定している。8月6日には水戸市内の2つの催しに原作者の武田一義が登壇した。
昭和20年の水戸空襲にて、生徒4名が亡くなり、校舎も全焼した茨城県立水戸第一高等学校・附属中学校では、平和な社会を実現するリーダーの育成を目的に、8月6日に連続講演「パブリックリーダースクール」を開催した。
『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』©武田一義・白泉社/2025「ペリリュー -楽園のゲルニカ-」製作委員会
戦争と平和を生徒たちと考える講師の一人として『ペリリュー 漫画-楽園のゲルニカ-』の作者である武田一義先生が生徒たちの前に登壇。作品にとっても所縁のある地で、時が経つほどに薄れ行く戦争の記憶やペリリューの戦いを描くきっかけ、作品に込めた想いを語り、その言葉一つ一つに真剣に聞き入る生徒たちとの質疑応答を通して、戦争を描き続ける漫画家として平和を考える時間を過ごした。
はじめに漫画『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』を描こうと思ったきっかけを質問されると、今から10年前、終戦70年の際に当時の天皇皇后両陛下(現上皇・上皇后)がペリリュー島に慰霊で訪れたという報道を見た武田先生は「皇室の方々が行かれる場所なのに自分は知らなかった」というところからペリリュー島の戦いについて興味を持ったこと、ペリリュー島の戦史研究家の平塚柾緒さんから実際に聞いた話をもとに、歴史だけでなく、当時の文化についても取材、勉強をしながら執筆を決めたと説明した。
次に、「ペリリュー」を描くにあたって大変だった部分を聞かれると、「当時のことを知ることが大変で、実際に起きた戦争のことについて知ることや、当時のことは生き残った方からの証言から知っていくこと、そして描き記されなかった“当時の当たり前のこと”を知ることが大変だった」と、戦争そのものだけでない細部までこだわったことについて生徒たちに語った。
キャラクターたちの誕生秘話
過酷な戦地でそれぞれの戦いや葛藤が描かれたキャラクターたちの誕生についても語り、主人公で頼りないが優しい性格の田丸、その相棒の兵士として優秀な吉敷は同時に誕生したという。
「どちらか片方だけでもダメで、戦場で勇敢に戦う主人公も必要で、立派に兵士として戦うこともできない主人公も、どちらもいるだろう」という考えがあって生まれた。対極のように見えるが、生きて故郷に帰りたいと思う気持ちは同じ若き兵士二人は物語が進むにつれ、友情を育んでいく。
その対比として、「戦争でお国のために死んでしまっても構わない」という考えのキャラクターが必要と感じ生まれたのが上官の島田だった。武田先生は「『ペリリュー』は戦争のなかでそれぞれがどう向き合ってくか、その違いからその他のキャラクターたちがどんどん生まれていきました」と作品の特徴でもあり戦場であらゆる人物の視点、考えが盛り込まれた物語の魅力につながる部分を説明した。
「ペリリューを読んでくれた人はわかるかもしれませんが、このキャラクターたちが戦争の中でどうやって生きて、どのように死んでいくか、読み進めていくにつれて追わずにはいられない、そうなるように描いていきました。キャラクター一人一人が愛され、友達の一人のように思ってもらえるように。今の人から見ても違和感のないように、感情移入できるように気を付けて執筆したつもりです。そうすることで、戦争の中で動くキャラクター達に対しても”友達のことだから読まなきゃ”と意識してもらえるようになればと工夫しました」と魅力的なキャラクター描写へのこだわりを生徒たちに語った。
さらに「『ペリリュー』もそうですが、僕は決して楽しくない題材を描きたくなってしまいます。社会に感じている問題とか…楽しくない話題をどう楽しく読んでもらうかを考えながら描いています。難しいことを描きたがるけど、ちゃんとエンターテイメントになるように心がけています」と漫画を描く際に特に意識している部分についても解説した。
そして講演の題材でもある、“戦争や平和、戦争に対する想い”を問いかけられると「僕は戦争の漫画を描いていますが子どものころから興味があったわけではなく、むしろ戦争の話を聞くと居心地が悪いと感じていました。悲惨な体験などを聞くと平和な時代に生きていること自体が申し訳なくなるような気持ちになってしまっていました」と前置きし、生徒たちに向けて、「今の自分の人生や世の中を素直に平和だと思えますか?」と投げかける。
生徒の中には首を横に振るリアクションも見られ、「平和って何だろうと考え始めて、大人になって、戦争を知るとその対義語としての平和は理解できる。例えば水道をひねれば水が出る、病気になったら病院に行ける、犯罪が起きれば警察が逮捕するとか、そういった今身の回りにある“当たり前”は戦争になったらなくなってしまうんですよね。つまり平和って、理想的な状態ではなく最低限の状態なんだと思います。僕たちはその最低限の平和というのを守っていかないといけない。そこから先の長く続く世の中は理想を追うことだと思っています。戦争は最低限すらないどん底の状態で、僕らは理想ではない世の中で、理想に向かって生きていくべきなんだろう。そういう風に考えられた時に、平和って言葉をすんなり受け入れられました」と長きに渡って取材を重ね、戦争を題材の作品を執筆した武田先生ならではのコメントを残した。
戦争は始まったら終わらない
さらに生徒から、国を守ること、どこかの国が攻めてきそうとなった時に先に攻め込むべきなのか、逃げるべきなのか…仮にそういった選択肢に迫られる場面が出てきた場合についてはどう考えているのか、斬り込んだ質問が投げかけられるとロシアとウクライナの情勢を例に「ロシアの一般の人からすると国が戦争を始めてしまったけど兵隊としていくのは一般の方。国の指示で侵略をしているロシアの兵士は士気が低く、一方で侵略されているウクライナは家族や故郷を守るため高い士気で戦っているように始まった当初は見えていた。でもこれはそこにいる人の立場によって全然違って見えますよね」と多数の視点、立場で捉えつつ回答。
「どれが正解なのかは、簡単に言えないと思います。世界中で皆戦争がつらい、怖いという意識があるのになくなっていない。どうすれば解決するのかはみんな分かっていない。ただ確かなのは始まってしまった戦争を終わらせるのはものすごく大変だということです。始めるときはもっと簡単に終わると思っているのだと思います。過去の歴史から学べることとして、戦争は始まったら終わらない、その認識だけは持っていた方がいいと思います。だから始めてはいけない。先に戦争を始めることほど愚かなことはない、と思っています」とはっきりと自身の意思を生徒たちに伝えた。
講演の最後に、高校生平和大使として平和の尊さを伝える活動に取り組み、9月には国連でもスピーチの予定がある高校2年生の中垣美咲さんより「私自身ペリリューを読んで、もちろん戦争の話だから残酷な部分もあるのですが、かわいいキャラクターたちがそんな話を伝えてくれる作品で、私にとっても、とても大切な作品であると感じています。それは武田先生が、みんなが読み続けられる作品にしようという考えがあってこそのことだと思いました。先生の“当時の当たり前を知ることの大変さ”というお話を聞いて、私も戦争の歴史を学んでいながら、まだうわべだけなのかなと感じました。これから自分なりに戦争と向き合って、戦争のない世界を作れたらいいなと思っています」と、先生の講演から受けた感銘やこれからの希望の見える活動について伝えられ、講演を締めくくった。