2025年、日本は<戦後80年>という大きな節目を迎えます。戦時中を描いた映画は数多く製作されてきました。今年は節目の年という事もあり、こうの史代の同名マンガ原作のアニメ映画『この世界の片隅に』のリバイバル上映をはじめ、『長崎―閃光の影で―』、『満天の星』、『原爆スパイ』、『よみがえる声』など、多くの作品が劇場で観ることができます。ただ、戦争とは終結を迎えればそこで終わりなのでしょうか?
焼け野原となった街、帰らぬ人への想い、食糧不足、戦争孤児の問題、復員兵の社会復帰、そして女性たちの生きる術……。深く、生々しい傷跡が残る世界で、それでもなお生きていこうともがき続ける姿から私たちはいったい何を感じるでしょうか? 今回は、戦後の混乱期に生きた人々の姿を描いた5作品を通して、あの時代に触れてみたいと思います。
戦争が残したものとは
『風の中の牝雞』(1948年)
監督:小津安二郎
主演:佐野周二、田中絹代、村田知英子 ほか
【あらすじ】
戦後の東京。夫を戦地へ送り出しその帰りを待つ時子は、苦しいながらも息子の浩と二人で生活していた。ところがある日、浩が病気になり入院してしまう。治療費を払うことができない時子は苦悩の末、一夜だけ体を売ることで収入を得る。浩は無事に退院するが、数日後、夫の修一が突然帰ってきた。嘘をつけない時子は帰還した夫にすべてを打ち明けるのだが……。
【おすすめポイント】
小津安二郎監督が戦後わずか3年で撮った、リアルタイムの戦後復興期を描いた貴重な作品です。戦後直後の生活の困窮ぶりや、新しい価値観と古い道徳観の間で揺れる人々の心情が、小津監督特有の静謐なタッチで描かれています。現在ではなかなか観る機会の少ない作品ですが、戦後復興期の空気感を知る上で非常に貴重な記録映画としての価値も持っていると言えるでしょう。戦後の日本映画史において、同時代性という点でも特別な意味を持つ名作です。
『あゝ声なき友』(1972年)
監督:今井正
主演:渥美清、森次浩司、倍賞千恵子 ほか
【あらすじ】
終戦後、病気入院していたために、部隊でただ一人生き残ることになった西山民次は、戦友12人の遺書とともに日本へ帰国した。家族全員を原爆で失い身寄りのなくなった西山は、12通の遺書を遺族に届けるために旅に出る。行く先々で西山が見たものは……。
【おすすめポイント】
失ってしまった戦友たちの最後の想いを届けるという旅路を通じて、戦争の残した傷跡の大きさを浮き彫りにするロードムービー。社会派の巨匠として知られる今井正監督が、戦争で狂わせられた人々の人生と様々な心のありようを描きます。『男はつらいよ』シリーズでのコミカルな印象の強い渥美清が演じる、悲壮感漂う復員兵の姿は観る者に大きな衝撃を与えるでしょう。
『肉体の門』(1988年)
監督:五社英雄
主演:かたせ梨乃、名取裕子、山咲千里 ほか
【あらすじ】
終戦から2年後の昭和22年。米軍占領下の東京で、街娼、いわゆるパンパンとして働く女性たちは、それぞれに戦争で失ったものを抱えながら、過酷な現実の中で生き抜いている。新橋界隈でグループを作り、ライバルグループや闇市を牛耳るヤクザたちと小競り合いを繰り返すなかで、彼女たちの運命は大きく翻弄されていき……。
【おすすめポイント】
五社英雄監督が田村泰次郎の小説をもとに、戦後の混乱期における女性の立場や、赤線という特殊な世界を通して、当時の社会情勢を鮮烈に浮かび上がらせます。かたせ梨乃、名取裕子、山咲千里をはじめとする出演者たちの迫真の演技が圧巻で、それぞれ異なる背景を持つ女性たちの心情を見事に表現しています。戦後という時代が女性たちに強いた選択と、それでもなお失わない人間としての尊厳を描いた、骨太な人間ドラマです。
『キャタピラー』(2010年)
監督:若松孝二
主演:寺島しのぶ、大西信満、吉澤健 ほか
【あらすじ】
戦争で四肢を失い、言葉も話せなくなったが、武勲を讃えられ「軍神」と祀り上げられる復員兵・久蔵と、彼の世話をする妻・シゲ子。村人たちは久蔵を英雄として扱うが、シゲ子にとって彼は単なる重荷でしかない。やがてシゲ子の心の中に、複雑な感情が渦巻いていく……。
【おすすめポイント】
若松孝二監督が江戸川乱歩の小説「芋虫」をモチーフに、戦争に翻弄された夫婦の姿を通して戦争の傷跡を描いた問題作です。寺島しのぶの圧倒的な演技力は、戦争によって人生を狂わされた女性の心の闇が生々しく浮かび上がらせます。本作で、寺島しのぶは2010年ベルリン国際映画祭最優秀女優賞を受賞しています。
『ほかげ』(2023年)
監督:塚本晋也
主演:趣里、森山未來、塚尾桜雅 ほか
【あらすじ】
焼け残った小さな居酒屋で、絶望の淵に立ちながらも、体を売りながら日々をやり過ごす一人の女。そんなある日、空襲で家族を失った戦争孤児が食べ物を盗みに入り込む。それ以来、居酒屋へ入り浸るようになった少年との交流の中で女はほのかな光を見出すようになるのだが……。
【おすすめポイント】
『鉄男』で知られる塚本晋也監督が、大岡昇平による戦争文学の傑作を映画化した『野火』(2014年)に続いて、終戦直後の闇市を舞台に戦後の混乱期を振り返る戦争映画。直接的な戦争体験を持たない世代の監督が、現代的な感性で戦後を描いた意義深い作品となっています。
1956年7月17日、政府は経済白書で「もはや戦後ではない」と宣言しました。この前年、1955年のGDP(国内総生産)が戦前の水準を上回ったことを受けての宣言でした。戦後が終わったとされる私たちが生きる現代の日本ですが、周囲を見回してみると、これまでになく“戦争に近づいている”と言えるかもしれません。現在が“戦前”と呼ばれないように、新たな“戦後”が生まれないように。<戦後80年>という節目が戦争と平和について考えるきっかけになることを祈ります。